春秋
日本経済新聞 朝刊 1面(1ページ)
2020/8/16 2:00
ギュワーンとゆがむエレキギターの爆音。ハードロック・サウンドの生みの親のひとりが米国先住民の血を引くリンク・レイだ。1958年の代表曲「ランブル」は音が暴力的だとラジオでの放送が禁じられるが、ジミ・ヘンドリックスら後のロッカーたちを魅了した。
▼実はレイをはじめ先住民の音楽家はブルースやジャズ、カントリー、ヒップホップといった米国のポピュラー音楽に多大な影響を与えていた。公開中の記録映画「ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち」で大物ミュージシャンたちがその功績をたたえている。ところが公の「音楽史」はそうは書いてこなかった。
▼白人中心的なものの見方をただす潮流が音楽にも及んだということなのだろう。50年代の最初のロックンローラーは黒人だった。しかし60年代に白人のスターがきら星のごとく現れ、ロックは白人、R&Bは黒人との「政治的な仕分け」ができた(みつとみ俊郎著「音楽ジャンルって何だろう」)。歴史は書き換わるのだ。
▼「米国音楽はそこに加わったすべての者の経験が詰まっている」と映画の製作者。一方でトランプ大統領が連呼する「アメリカ」に先住民はおろか黒人や移民の影は薄い。多様性へのリスペクトに欠ける陣営にエレキの爆音を愛するロッカーたちは怒り心頭だ。選挙運動での自作曲の使用を拒む声が次々上がるのも当然か。