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【経済教室】アフターコロナを探る(上)
相互理解・連携の衰弱 一段と
猪木武徳・大阪大学名誉教授
日本経済新聞 朝刊 経済教室(23ページ)
2020/8/4 2:00
新型コロナで多くの犠牲者を出している国の死者数は、季節性インフルエンザの死者数の数倍に達する。例えば米国は7月末時点で新型コロナの死者が15万人を超えるが、17年の季節性インフルエンザの死者数は約4万人だった。ブラジル、英国、イタリア、フランス、スペイン、メキシコも同じような傾向がある。
他方、新型コロナの死者数が1万人以下の国では、この関係が逆転しているケースが多い。中国、パキスタン、インドネシア、バングラデシュ、そして日本、韓国でも、季節性インフルエンザの死者の方がはるかに多い。ワクチンや治療薬が開発されていても多くの人が亡くなっているのだ。
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中国社会では羅針盤、火薬、紙、印刷、鋳鉄技術など様々な発明が生まれた。にもかかわらず、産業革命という大転換は起こらなかった。それは中国が科学という社会システムとしての「文化」を生み出せなかったからだと言う。知的廉直さを厳守する社会システムが存在しない限り、科学という「文化」は生まれない。個別具体的な発明は散発的に現れても、科学という「文化」は中国には形成されなかったとリン教授は指摘する(米経済学者ポール・ローマー氏の引用による)。
われわれには正確かつ厳密には知り得ないことがある、という当たり前の事実への気づきも重要だと痛感する。自然科学には「月と雲の時代」というたとえがあるそうだ。月には解析性があり、現在の位置と運動法則を把握すれば、すべてが予測できる。ところが雲には解析性がない。意外性に満ちており、2〜3時間後のことさえ予想するのが難しい。この2つのタイプの対象の研究が調和を保ちつつ共存するのが「月と雲の時代」の意味だという。
今回のパンデミックは、人間が雲のような世界に生きているという事実を改めて教えてくれた。人工知能(AI)やビッグデータをめぐる専門家たちの研究競争は、雲の世界にも一定の解析性をもたらしてくれるかもしれない。しかし雲の世界がなくなるわけではない。科学が人間の存在の神秘そのものを解き明かしてくれることはないのだ。
新型コロナ後の世界を予想し、それに備えるという受け身の対応だけでは、流れに身を任すことになる。筆者自身、むしろこの災禍を奇貨として、流れに抗しつつ、将来への善き転換へのヒントを自律的に探りたい気持ちだ。「元の状態が良かった」という思い込みから自由になり、物事の価値を問い直すという姿勢が必要だと感じるからだ。
<ポイント>
○公共精神の衰弱が民主主義揺るがす恐れ
○現場にある特殊な知識の重要性を再確認
○災禍を奇貨として善き転換へヒント探れ
「知的廉直さ」
れん‐ちょく【廉直】 の解説
[名・形動]
1 心が清らかで私欲がなく、正直なこと。また、そのさま。「廉直な心の持ち主」
2 安価なこと。また、安易なこと。また、そのさま。「廉直な方法を取る」
「月と雲の時代」