春秋
日本経済新聞 朝刊 1面(1ページ)
2020/7/30 2:00
漢字では族長の名にちなみ「安息」と書く。紀元前3世紀にイラン系の遊牧民が興した国、パルティアである。最盛期には西アジアに覇を唱え、シルクロード貿易でうるおった。機動性にすぐれた騎兵を縦横に走らせ、歩兵が主力の古代ローマ軍を大いに悩ませている。
▼その斬新な戦法、ものの本には「パルティアン・ショット」と紹介されていた。馬上で敵に背を向けて退却すると見せかけ、振り向きざまに弓を射る。その後、乱れた敵陣へ取って返して、さんざん攻め入ったという。いつの世も独自の装備を持ち、画期的な戦術を編みだした国が盟主をめざせるということなのだろうか。
▼最近、新聞やネットで「電子戦」なる単語を目にするようになった。強力な電磁波で相手の通信機器を妨害し、兵器を使えなくするものらしい。サイバー空間での攻撃と組み合わせ、作戦がすでに実行に移された事例もあると聞く。加えて大国は、他国の人工衛星を破壊する「宇宙戦」の兵器の開発にも余念がないようだ。
▼「原子を分裂させるに至った科学の革命には道徳の革命も必要だ」。4年前、広島でこう語ったのは当時のオバマ米大統領である。歴史に学ぶことのない軍備の拡張と、その舞台の広がりに不安を覚える。ちなみにパルティアン・ショットには「捨てぜりふ」の意味もある。せめて、一矢報いたい。「どこまでやるんだ?」