【NAR Exclusive】立ち退き迫られ困窮する住民
中国地方政府、「活性化」掲げ農村開発
中国山東省北部の農村、●(隹の上に羽の旧字)卜村。小趙さん(30)は先祖代々暮らしてきたこの地で、妻と5歳の娘、両親と平穏な生活を送っていた。車で20分ほどにある工場に勤務し、両親は自宅近くの畑で農作物を育てていた。だが、そんな生活が1カ月前、一変した。村の農民住宅の一斉取り壊しが始まり、近隣の住民とともに立ち退かされたからだ。
地方当局の担当者らから立ち退きを迫られた趙さんは当初、拒み続けた。近隣の住民と村役場に陳情に訪れると、(役人らが)家にやってきて、夜遅くまで居すわるようになった。「立ち退く以外に選択肢はなかった」ともらす。
中国の農村住民は約7億人に上るとされる。その大半が自給自足に近い生活をしており、都市部との所得格差が広がっている。中国習近平(シー・ジンピン)指導部は国内の農業の近代化や都市部との所得格差の是正などをめざし、農村の活性化を推進している。
山東省の農村での立ち退き要請や住宅の取り壊しもその一環だ。2018年の山東省の「農村活性化」構想についての公式文書によると、省内の7万近い村のうち2割程度を移転・合併させる計画だ。
署名を拒み続ければ、親戚も村の仕事ができなくなると当局担当者らから言われ、怖くなって立ち退き同意書に署名した。収穫した農作物をすべて売り払い、今は叔父の家に住まわせてもらっているという。
山東省では地方政府の強制的なやり方に多く住民が不満を抱いている。農村活性化が単なる不動産開発に傾けば、新たな不満の種をまきかねない。中国共産党の機関紙「人民日報」は最近、山東省などの一部の地方政府の進め方について「愚かしく」「官僚的」かつ「形式主義的」で、国民感情を無視していると論評記事で非難した。
山東省の共産党幹部は直ちにプロジェクトの中断と見直しを発表したが、同省の農村開発計画の方向性は「正しい」と主張した。だがその1週間後、地元の規律検査委員会は声明で、●(隹の上に羽の旧字)卜村の近隣地域の複数の役人が中央政府主導のプロジェクトの推進で十分な成果をあげていないとの理由から処分されたと発表した。
地方政府が強引に立ち退きを迫る背景にはいくつか理由がある。英エコノミスト誌の調査部門である「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」の北京在住アナリストの王丹氏は、土地管理の新基準が1月に導入されたことが影響していると指摘する。これにより、地方政府は割り当てられた開発用地のうち未使用の部分を他の地域に売却できるようになった。
移住先で職に就くのに必要なスキルを身につけていない農民が少なくないと懸念する専門家もいる。中国の農村政策に詳しい米スタンフォード大学の研究者、スコット・ロゼール氏は、「上昇志向が強く能力がある人は農民集合住宅を出て都会に移り住み、残された居住者の生活はさらに困窮するだろう。20年後には地域の治安が悪化すると思う」と語る。
趙さんは●(隹の上に羽の旧字)卜村を去る日、村名が刻まれた大きな石碑の前で自撮りした写真をSNS(交流サイト)に投稿した。「私の目にいつも涙があふれているのはなぜだろう。それはこの土地を深く愛しているからだ」。中国の現代美術家、艾未未氏の今は亡き父親、艾青氏の有名な詩から引用したコメントを添えた。
(香港=孫娜)
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