【Asiaを読む】人民元の国際化、香港の衰退招く
ロンドン大学クイーン・メアリー校
グローバル政策研究所教授
パオラ・スバッキ氏
中国が導入した「香港国家安全維持法」は言論の自由を抑圧し、企業の脱出を招くことで、香港の死につながると多くの人が主張している。だが中国は、同法よりも確実に香港を必要のない存在にする計画を、10年前に立てていた。
香港は長年、国際金融センターとして西側が中国本土へ投資するインフラを提供してきた。2010年、中国はその香港を人民元の国際化を目的とした政策に活用し始めた。香港を通じて、人民元を国際取引の決済通貨として利用できるようにしたのだ。
それまで、人民元の国際的な利用や流通はほとんどなかった。中国の金融当局は人民元を国際通貨としたかったが、そのためには資本が国内市場に自由に流出入するリスクとのバランスをとる必要があった。国際通貨は原則として完全に交換可能でなければならないが、中国にとってこれは実行不可能なことだった。
この難問を解決したのが、香港の「一国二制度」の原則だ。香港は人民元主導の金融に重要な役割を果たし、人民元による取引を促進した。中国本土から独立していた司法制度は、中国の計画経済と西側の市場経済の懸け橋となった。
この動きは成功し、人民元は大きく成長した。国際決済で5〜6番目に多く使用される通貨となり、国際金融センター・香港での取引のかなりの部分を人民元が占めると見られる。ただし、それで香港がより強くなるわけではない。中国の人民元戦略の一部になることで、香港は中国の指導に従うことになった。
香港にとってより大きな問題は、人民元取引の拡大で、本土のライバルのひとつが強化され、それによって自らの重要性が低下してしまうことだ。
中国は、上海を同国最大の国際金融センターにする計画を作成している。英国の独立系シンクタンクが算出する最近の「グローバル金融センター指数」によると、香港の順位は6位で、4位の上海の後じんを拝している。10年前、香港はアジアで最も重要な金融センターで、ロンドン、ニューヨークに次ぐ世界3位の存在だった。一方の上海は11位にとどまっていた。
上海の地位は人民元の国際化に伴って向上した。より高度化した上海が、中国の国内市場に資本を直接取り込むことで、香港の存在意義は薄れてしまった。
人民元は16年に国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)構成通貨に加わった。それ以降、中国はオフショア(本土外)市場より、非居住者が国内資本市場に直接アクセスできる経路の確立を重視するようになった。制限はあるが、今では香港を経由しなくても、中国の資本市場に直接アクセスできる。
香港の固有の役割は、通貨と金融の分野で互換性のないシステムの懸け橋になることだった。その役割は人民元国際化の初期にはうまく機能したが、もはやそうではない。中国が金融の独立性を高めるにつれ、本土への唯一の自立した玄関だった香港の役割は揺らぐようになった。
香港は最大の人民元オフショア市場となった。しかし、それとともに中国への依存度は高まった。上海との関係も相互補完関係から競合関係へと変わり、香港はなくても済むものになってしまったようだ。失地回復のために香港ができることはあまりない。
中国の最高指導者だった鄧小平氏は、香港の資本主義市場経済が50年ではなく100年続くべきだと述べた。だが、香港にとって中国の人民元政策は「死の口づけ」だったことが証明されようとしている。
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