【グローバルオピニオン】中国にとらわれない政策を
米ハーバード大教授 ダニ・ロドリック氏
世界経済における中国の姿は、帝国の侵略をほうふつとさせる。米国と中国の戦略的、地政学的な緊張関係は現実に存在する。中国が経済力と軍事力を強め、米国の指導者が、多極化する世界の実情を認識したがらないことが根底にあるだろう。だが、我々は経済学が地政学の人質になるのを認めるべきでない。戦略上の対立の強化や拡大を容認するのはもっと問題だ。
まず、中国の経済的成功の根幹には、国家主導による混合経済モデルがあることを認識する必要がある。中国経済の奇跡の半分は、1970年代後半に市場経済への移行を唱えた改革開放の動きを反映しているとしよう。もう半分は、国有企業などの古い経済構造を保護する一方で、新たな産業を生み出した積極的な政策の結果だ。
もちろん主な受益者は、歴史上でも速いペースで貧困削減を経験した中国の国民だった。ただ、他国の多大な犠牲によって成長がもたらされたわけではなかった。むしろ中国は、いまや他国から反発を受けている成長政策により、西側の企業や投資家にとって大きな市場になった。とはいえ、医療品のような分野で展開される中国の産業政策は、競争相手国にとって不公平ではないのだろうか。
気候変動のように、グローバルなテーマであればなおさらだ。例えば太陽光や風力発電の部品などは中国政府からの補助金により、(増産が進み)コストが低下した。再生可能エネルギーのコスト低下は、他国にも大きな利益をもたらした。実は中国の生産者が価格の下支えで非難されることは多くない。むしろ批判されるのは、ハイテク市場で支配的な存在であることが多い欧米企業だろう。
中国がますます産業の高度化を進めるのを、他国は傍観すべきだと主張しているのではない。米国には、防衛関連の技術を巡る産業政策で成功をおさめた長い歴史がある。現在では、雇用や技術革新、環境に優しい経済に的を絞った産業政策が必要だという幅広い合意が形成されている。
欧米では、中国を脅威とみなすことが、産業政策を推進する動機になりやすい。しかし経済的には、中国に焦点を合わすのは正しくないだろう。目標とするのは、単に中国との競争で勝利したり、中国の経済発展の勢いを弱めたりすることではない。それぞれの国が、国内により生産的で包括的な経済を構築しようとすべきだ。
((C)Project Syndicate)
Dani Rodrik トルコ生まれ。プリンストン大博士。著書にグローバル化、国家主権、民主主義が同時に成り立たないと主張する「グローバリゼーション・パラドクス」ほか。
■米欧の自滅避けよ
日本経済研究センターによると、中国は2030年代前半に国内総生産(GDP)で米国を抜き、世界最大の経済大国に躍り出る。その後は人口の減少や生産性の停滞で成長力が鈍り、60年までに米国に追いつかれるという。コロナ危機に見舞われる前の予測だが、中国の行く手には確かに多くの障害が残る。
共産党の独裁下で革新的なビジネスやテクノロジーを生み続けられるのか。先進国並みの生活水準に届かない「中所得国のわな」や、豊かになる前に老いが進行する「未富先老」を打開できるのか――。こうした問題を素通りし、中国の国家資本主義モデルが優位に立つと断じるのはまだ早い。
むしろ心配なのは米欧の自滅だろう。米国の内向きな通商・移民政策や、欧州連合(EU)と英国の分離は、ヒト・モノ・カネをひきつける磁力を弱める恐れがある。統制色の強い産業政策も、経済の新陳代謝や創造的破壊の妨げになりかねない。中国の限界が露呈する前に、民主主義や自由経済を標榜する国家が活力を失うのでは困る。
(編集委員 小竹洋之)