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2020.5.23-3

2020年05月23日 (土) 00:28
2020.5.23-

【一年前】
◎母の年金手続き
社会保険事務所
書類が違うという。
母の「除住民票」と私の「戸籍抄本」が要るとのこと。
24日に再予約。

?市役所へ
妻「やっぱりお父さんの方が歩くの早いばい」
「………ということは俺の方が長生きするばい…でけんばい」

窓口の女性
「あら、こんにちは」
「………あ〜……同級生やろ?」
「はい………」
「相変わらず可愛いお顔しているね」
「な〜ん、おばあちゃんしとるとに」
……「税理士さんしよるとやろ?……
市役所の確定申告会場にいたとよ」
(そういえば似てる人がいたなぁ)

妻「社会保険事務所はなんか対応の悪いね」
娘「お父さん怒らっさんやった?」
妻「うん、今日はお父さん怒らっさんやった………」
私「社会保険事務所はいつも固くて対応がきつい………
幸せなんやろかと思う。
けして成仏できない人たちの集団(笑)
市役所や税務署の方がまだいい」
妻「あ〜あ、また行かんなんたい」

【二年前】
◎薬師丸 ひろ子
生年月日 1964年6月9日(53歳)
出身地 東京都港区北青山
身長 154.5 cm
血液型 A型

40周年?
「セーラー服と機関銃」
――私の青春もこの曲から始まった??
24歳の元旦オールナイト、新宿歌舞伎町 ?

【三年前】
◎『金の橋』
日曜日の午前11時、壮年部のおっさん達が集まり(大牟田文化) 、新人間革命13巻「金の橋」の勉強会。普通はまだ寝てるか家でボーッとしています。学会はすごいです。?

1968年(昭和43年)、大学会の結成など学生部の育成に力を注ぐ山本伸一は、9月8日に行われる第11回学生部総会の席上、「日中問題」について重大な発言をする決意を固めていた。

当時、中国は国連に代表権を持たず、アメリカも日本も敵視政策をとっていた。そのなかで日中国交正常化を訴えることは、命の危険も覚悟せざるをえない状況であった。

だが、伸一は、"文化の恩人"である中国との友好なしに、アジアの安定も、世界平和もないという信念から、敢然と「日中国交正常化提言」を世に問う。

それは予想通り反発を呼ぶが、松村謙三をはじめ日中友好の先達は高く評価し、周恩来総理ら中国指導部も、この提言に鋭く注目する。

復交を求める良識の声は高まり、伸一の創立した公明党がやがて重要な橋渡し役となり、提言から4年後(72年9月)、国交正常化に結実していく。

◎『金の橋』を渡って.……
私も上海へ行っています。大牟田という日本の片田舎を本拠地としながら上海でビジネスをする……普通はあり得ないことです。ましてや大企業などの大きなバックなどある訳なく、現実は『いばらの道』です!

『創価とは試練があればあるほど、いやまして勇気と智恵を出して、断じて勝ちこえゆくことなり』
(2014年上海創価大学校友会メッセージ)
?


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

開目抄 

第15章 多宝分身の証明を示す 0193.16〜0195.06

現代語訳

 前段のごとく、法華経以前の諸大乗経においては、二乗は絶対に成仏すべからずと説きつづけてきたのに、後八年の法華経にきたって、たちまち説相を変えて二乗が作仏すべしと仏が説き出されたのを、どうして人天大会の大衆が信仰できようか、そのような説法は信用できない上に、先後の経に仏説がまったく相違しているところから疑いを生じて、一代五十余年の説教もことごとく虚妄の説となってしまうであろう。そのゆえに「四十余年には未だ真実をあらわさず、法華経において正直に方便を捨てて但無上道を説くのである」等の説法があったのである。しかし大衆は、天魔が仏と現じて法華経を説き出したのではないか、と疑っているところに、さも本当らしく、劫国名号と申して、二乗が成仏するその国を定め、劫を記し、所化の弟子などまで定められているので、教主釈尊の御語すでに二言となり、「自語相違」と申すは、このことである。外道が、釈迦仏は二乗が仏にならないと説き、また仏になると説く、大妄語の人であると笑ったのは、このことである。


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