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2020.2.2-2

2020年02月02日 (日) 00:53
2020.2.2-2

◎上海のショットバーVeliceのママ
#新型コロナウィルスのせいで色々と大変です。皆さん、ちゃんと自分のことを守ってくださいね?
〜Veliceオープン時間又連絡致します〜#ヨロピク

☆この子は中国人では珍しい笑顔のよく似合う、本当にいい子?


◎町の中に交番の建物を置き、そこを中心に制服の警察官が活動するという交番の制度は、1874年に東京警視庁が設置した「交番所」が世界初のものだった。当初は、建物はなく、街中の交差点等に警察署から警察官が出向いていたが、1881年より常設の建物を建てて警官が常駐する現在のような制度になった。

◎1888年10月に全国で「派出所」「駐在所」という名称に統一されたが、「交番」という呼び名が定着し、国際的にも通用する言葉になっているということから、1994年11月1日に「交番」を正式名称とすることになった。

◎ソ連崩壊(ソれんほうかい、露: Распад CCCP)とは、1991年12月のソビエト連邦共産党解散を受けた全ての連邦構成共和国の主権国家としての独立、ならびに同年12月25日のソビエト連邦(ソ連)大統領ミハイル・ゴルバチョフの辞任に伴い、ソビエト連邦が解体された出来事[1][2]である。

エストニアとのタルトゥ条約
1920年2月2日、ソヴィエト政権とエストニアの間で結ばれた条約である[1]。この条約の第2条で、初めて法的にエストニアの独立が承認された(前年に行われたパリ講和会議では、エストニア代表団の会議参加は認められず、その独立も法的には承認されていなかった)。また、この条約において、ナルヴァ川以東のイヴァンゴロドなどの地区と、ペイプシ湖南部のペツエリ地方がエストニアの領土に加えられた。


【一年前】
◎2040年あと21年後
『古女房の車椅子押す老紳士』と
『ジョギングする老夫婦』
うちはどっち?!  
   
今朝の夫婦の会話
妻「朝味噌汁食べると元気になる」
私「朝奥さんの顔見ると元気になる」
「朝からそげん飛ばさんちゃよかよ」

私「今晩は会合終わったらそのまま博多サウナに行くけん」
妻「晩御飯は?」
「奥さんの手料理は食べて行かんなら」
「上手になったねぇ」

また肩を出してブラジャーを着替えている。
「恥じらいないとやろ」
「あるなら病院に行かんなん」

「2040年」の広告
あと21年。うちは夫婦共に82歳。
私「仕事は85歳まで」と決めていますが、正直ぞっとします。
妻「こればっかりは分からん」
??

私「『古女房の車椅子押す老紳士』と
『ジョギングする老夫婦』
うちはどっち?!」
妻「あは?そら 『ジョギングする老夫婦』
の方がいいよ」
「そげんなっとかんなんばってん、
今のままなら
『古女房の車椅子押す老紳士 』ばい」
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

◎香川照之
「自己を深く感じることですよね。俳優なんて思い上がる仕事なので、思い上がるほど、その善なるものが欠落していく。必ず落とし穴はあるので、自制できるかが、修業だと思いますね」
言うことが凄いなあ?
?

◎由美かおる
68歳。でもほんとセクシー??
こんな彼女が欲しいな?

【二年前】
◎夕飯時
私「九州は今インフルエンザが流行っているらしいよ」
妻「お父さんはインフルエンザにかかったことなかね」
「そうね」
「お父さんが菌を持ってて寄り付かんとやろ」
「菌も女も寄り付かん、寄り付くのは功徳だけ」
「女はもうやめんなら……」
?

【三年前】
中国、ついに北朝鮮まで「仮想敵」。隣接の国全てを敵に回す習近平。礼の国なのに礼を知らない愚かな指導者!
釈尊「殺そうと争闘する人々を見よ。武力を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」(2017.1.27SGI記念提言p.2)



◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

開目抄 0186〜0237

第二に釈、初めに、儒家の三徳をあげて、本抄に「儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁なり」と、すなわち儒教といえども主師親の三徳があり、三皇五帝三王を主師親の三徳を備える天尊とする。ゆえに諸臣の頭目は親であり、師であり、万人の橋梁は主である。この天尊、主師親の三徳を備うるゆえに、忠を教え、孝を教え、主徳をもって万民を愛すのである。ここに師弟の道を立てて、師の恩を教える。

 つぎに外道の三徳をあげ、第一に能説の人をあげて、その所尊の相を示し、第二に所説の法をあげて、その所学の相を示している。第三に、仏家の意をもって、儒外ともにその邪義を破し、会入のうえで、その位置を説いている。

 内典の三徳について、本抄に「三には大覚世尊は此一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり」とある。これより従浅至深して、熟脱の三徳を説き、末法下種の三徳を明かすのである。

 まず一代の浅深を判じて、熟脱の三徳の大恩をあらわすのである。能説の教主である大覚世尊をあげ、その三徳を嘆釈し、つぎに所説の教法をあげて、その浅深を判釈する。


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