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2019.9.18

2019年09月18日 (水) 01:36
2019.9.18

おはようございます??
9月18日(火)


1809年、二代目ロイヤル・オペラ・ハウスこけら落とし
☆15日の英国ロイヤル・オペラだ???

1925年(大正14年)9月18日 帝国議会議事堂全焼

1931年(昭和6年)9月18日 柳条湖事件

朝、夫婦の会話
私「ブロック座談会は金曜日だったろ?ブロックの皆さんにお土産買ってきて、木曜日に宅急便で届く。24個入り。24個あれば足りるやろ?」
妻「前はブロックの皆さんにお土産とか買ってきたことなかったとに。だいぶ人間革命したね。仏さんのごつなるとでけんよ。今までが悪かったけんね」
?

観月会
今年の中秋の名月は先週13日金曜日でしたけど、
関与先所長の自宅で職員共々にお呼ばれしておりました。
    
    
◎清水建設社長
利用効用のある人とは「仕事のできる人」のこと。
存在効用のある人とは「その人がいるだけで組織がまとまったり、同僚が『あの人のためなら頑張ろう』と思えたりすること。そうなるのは大変なんだ」
………確かに??

◎藤原定家
「来し方はみな面影にうかび来ぬ行末照らせ秋の月の夜」
………含蓄のある歌?


【一年前】
●大誓堂4回目11:00〜
?スライド上映
「創価学会は広宣流布を実現しゆく唯一の正統たる教壇なり」
?碑文拝読
一九三〇年十一月十八日
………
先師牧口常三郎初代会長は………軍部政府に投獄せられ殉教なされたり。
生きて牢獄を出た恩師戸田城聖第二代会長は、地上から悲惨の二次をなくさんと生涯を捧げらる。
………
今日は主に中部・東海道から
三重、岐阜、静岡
SGIからも………オーストラリア、ブラジル、イギリス、香港、台湾、シンガポール、インド、タイ、韓国、9ヵ国34名が参加

1.自身の経済革命
2.家族・事務所・全関与先の宿命転換と揺るがぬ発展
3.全ての友人・全同志の長寿とご多幸・後継
  
妻よりLINE
「私も11時〜胸中でお題目あげました?気をつけて帰って下さい」

☆一年に一度はこの時期、個人参加で参加したいと思います。
  
☆大誓堂のトイレを出たところで、
「猿渡さんでしょ………
フェイスブックで………」
「あ〜??」
「先ほど後ろ姿ですぐわかりましたよ」
「とても光栄です」
………
「先ほどは本当にありがとうございました。あまりにも突然のことで言葉を失い、大変失礼しました。顔見てすぐに分かって頂き、大変光栄でした。また今後ともよろしくお願いします????」

☆静岡の方?フェイスブックで初めて会った方??やっぱり顔がわかりやすいのかな?

【二年前】
●新幹線で東京へ?
「九州新幹線、鹿児島-熊本間運転見合せ」というのは、「各駅停車が止まっている」ということのようです。紛らわしい。鹿児島発のさくらで博多まで、博多からのぞみで東京まで来ました。? ◎

台風直撃で新幹線振り替えで来たことが以前にも何度かありました。たまにはいいものです。

飛行機の時刻より早く東京駅に着きました。快適で意外と早かったです。
??

◎え、長袖?
新宿駅に着いたら長袖が多いこと。というか半袖は私くらい。昨日から寒くなっているとのこと。

行きつけのラフィネ新宿サブナード店でゆったりとマッサージ?


●解散総選挙??
超々短期決戦?今年最後の東京と思ったけど、また早々に来ることになるかも。
先生のために戦います?
広宣流布のために戦います?
??


◎ロイヤル・オペラ・ハウス(Royal Opera House)
ロンドンのコヴェント・ガーデンに所在する歌劇場。単にコヴェント・ガーデンと称してこの歌劇場を指すこともあり、またROHと略記されることもある。ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団そしてロイヤル・オペラ・ハウス・オーケストラの本拠地として使用されている。

現在存在する建築物は3代目にあたる。ファサードと玄関、聴衆席は1856年に作られたものが残っているが、それ以外の部分については1990年代に改装されたものである。合計2,174人の聴衆を収容できる4階建ての円形観客席を有し、舞台の幅は12.20m、高さ14.80mである。観客席部分はイギリスの指定建造物となっている。


◎1923年(大正12年)には関東大震災に見舞われたが、建設中の新議事堂および第二次仮議事堂は無事だった。しかし1925年(大正14年)9月18日、仮議事堂は改修作業中の作業員の火の不始末から火災を起こして焼失した。このため政府は第三次仮議事堂設置を決め、新議事堂の建設はさらに遅延することになった。仮議事堂は同年12月開会の通常帝国議会に間に合うよう9月29日に建設着手し、昼夜兼行の突貫工事でわずか3か月で建設され、同年12月22日に完成した。

新議事堂の完成が近づいた1936年(昭和11年)2月26日には二・二六事件が発生、陸軍武装青年将校の一群が永田町一帯を占拠した。29日早朝に武力による鎮圧が決定されると、東京湾御台場沖には海軍の軍艦40隻が集結、永田町に艦砲射撃の照準を合わせて反乱軍を威嚇した。

こうした苦難を経て、新議事堂が広田弘毅内閣総理大臣(広田内閣)、冨田幸次郎衆議院議長、近衛文麿貴族院議長など約2800人の来賓を迎えて竣工式を迎えたのは、着工から実に17年を経た1936年(昭和11年)11月7日のことだった。

◎マルチ1931年(昭和6年)9月18日午後10時20分頃、奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖付近の南満洲鉄道線路上で爆発が起きた。現場は、3年前の張作霖爆殺事件の現場から、わずか数キロの地点である。爆発自体は小規模で、爆破直後に現場を急行列車が何事もなく通過している[注釈 9]。 関東軍はこれを張学良の東北軍による破壊工作と発表し、直ちに軍事行動に移った。 これがいわゆる柳条湖(溝)事件[注釈 10]である。

戦後のGHQの調査などにより、本事件は河本大佐の後任の関東軍高級参謀板垣征四郎大佐と、関東軍作戦参謀石原莞爾中佐が首謀し、軍事行動の口火とするため自ら行った陰謀であったことが判明している。奉天特務機関補佐官花谷正少佐、張学良軍事顧問補佐官今田新太郎大尉らが爆破工作を指揮し、関東軍の虎石台独立守備隊の河本末守中尉指揮の一小隊が爆破を実行した。


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

行敏訴状御会通 
第三章法華のみを真実とする根拠を示す    

十方の諸仏も、法華経如来神力品第21に「諸仏救世者…舌相梵天に至り、身より無数の光を放って、仏道を求むる者の為に、此の稀有の事を現じたもう」とあるように、梵天まで届く広く長い舌を出して、法華経が不妄語であることを証明しているのである。

これらは、釈尊・多宝仏・十方分身の諸仏の「三仏」が法華経のみが真実であり、他の諸経は方便権教であるとしているので、大聖人御一人が勝手に言っている「自義」ではないかという裏づけである。

次に、このような法華経だけを正しいとし、他の経を方便だとするのはおかしいという非難に対しては、日本でも伝教大師によって既に破折され決着がついている問題であると示されている。


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