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2018.2.28

2018年02月28日 (水) 01:17
2018.2.28

◎最後の正月

(将軍家への親書でもあろうか?)
そう思って待っていると、それは、失意の千姫に対する慰めの便りであった。

返々、たびたび御文、御うれしく見まいらせ候。このはる、およろこび、ついにすぐれ、めでたく思いまいらせ候。さてご息災になられ候よし、めでたく思いまいらせ候。われわれも息災にと御いり候まま、お心やすくおぼしめし候べく候。めでたくかしく。

              大 ふ
 おちょぼ申したまえ 

書きおわると、それをちらりと利勝に示して、しんけんな表情で言った。
「これをの、お千どのに届けてやってくれ………誰も彼も、みなそれぞれに荷を背負っている。重い荷を。負けまいぞ………そう言うてやってくれ」
「は………はい」
さすがの利勝も、このときだけは声がふるえ、眼がまっかになっていた。

【徳川家康26巻p.386/500】  

◎朝食時
私「今日は市役所の後、遅くなるから焼鳥味で食べて帰る」
妻「もう聞いた。同じことを2回も3回も繰り返すようになったよ………」
「一回言ったよ」
「一回で十分」
?


◎市役所税務支援
2回目、今年はここは最後。

「ご案内していいでしょうか」
「はいどうぞ……あ〜?」
隣の元支部長のK君。
創価大学を卒業して市役所勤務、
隣の支部長しながら
途中で投げ出し、
会合に一切出て来なくなった後輩。
若いとき離婚して今も独り身。
地区部長の時には、未活の男子部が経営する
焼鳥店に、男子部数名と一緒に行ったのが
懐かしい。
あまり元気がない。
そりゃそうだろうな。
真面目すぎて人生のスランプかな?!

うちの支部にも、
地区部長しながら、
仕事も辞め、
今引き込もっているのがいる。
男子部の部長の時も、
途中から出て来なくなり、
長らく引き込もっていた。
今は生活はどうしているのか。
信心しても全然良くならないからかな?
こちらも真面目すぎて人生のスランプかな?


◎焼鳥屋で(もう35年の繋がり)
私「奥さんの顔色を伺うマスターを見ると安心しますよ」

マスター「え、なんね」

「うちとおんなじですね。若いときは奥さんが私の顔色を伺ってましたが、今は逆。私の方が奥さんの顔色伺ってびくびくしてますよ」

「それが夫婦円満の秘訣よ?」
???


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

八宗違目抄 p.156
文永九年二月  五十一歳御作 与富木常忍
第五章 華厳宗が主張する一念三千

【本文】
「心は工なる画師の種種の五陰を画くが如く一切世間の中に法として造らざること無し

【通解】
「心は、工なる画師が種々の五陰を画くように、一切世間の中の諸法をことごとく造るのである。

【解説】
意は、心が諸法を造るのは、あたかも巧みな画師が種々の絵の具を用いて、あらゆる事物を表現するようなものである。迷いと衆生とは、心をもって仏と衆生とを造るゆえに、本来、それぞれ別のものではなく、一体であるということである。

天台大師は摩訶止観巻5上で一念三千を説明するのに、確かに爾前経である華厳経のこの文を引用しているが、その理由については第八章で詳述することにする。

続いて「法華経に云く」と、天台大師が一念三千の依文とした方便品第2の十如実相の文や、広開三顕一を説いた同品の一大事因縁の文を挙げ、華厳経の「心は工なる画師の」と相通ずることを示そうとしている。


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