◎滅亡の歌
小田原御前
残りなく散るべき春の暮れなれば
梢(こずえ)の花の先だつぞ憂き
「この勝頼は、三十七年、思いのままに生きて来た」
まだき散る花と惜しむなおそくとも
遂に嵐の春の夕ぐれ
帰る雁たのむぞかくの言の葉を
もちて相模のこ府におとせよ
ねにたててさぞ惜しまなむ散る花の
色をつらぬる枝の鶯
「お館! こ……こ……この昌次には、御前の首は討てませぬ」
「御前!」
「見事な最期……武将も及ばぬ……」
「…………」
「勝頼もつづいて参るぞ!」
いま勝頼の脳裏をしめているのは、新羅三郎以来、連綿として二十余代にわたって続いて来た清和源氏の名家が、ここでこのまま消滅してゆくのだという、きびしい事実だけだった。
(何のために……)
(それほどおれは不肖の子であったのだろうか……?)
「うぬはおふうだ。鳳来寺の陣中で磔にかけた奥平が人質のおふうに相違ない」
おふうの亡霊は「フフ……」と笑って、小田原御前の亡きがらを指さした。
(みんな幽霊になっているのに、わしだけが生きている……)
「もう一度、辞世を……辞世のきれ目で介錯せよ……おぼろなる月もほのかに雲かすみ、晴れて行くえの西の山の端」
これで武田家は完全に滅びた。しかし信長はさらに一族掃蕩(そうとう)の手をゆるめない。
一益「勝頼……」
信長「おぬしは運が悪かったのだ……」
「こなたの母を嫁がせてよこすころには……」
信長はまた太郎信勝の首に話しかけた。
「この信長はまだまだ微力であった。こなたの祖父、信玄の機嫌を損じまいと、あれこれ心を砕いたものじゃ……が、時はやがてわしと勝頼の位置を転倒させた。そして、その事実を読みちがえた勝頼は、ついに甲斐源氏の名家をここに滅ぼしてしもうたのじゃ……」
家康は武田一族の中でただ一人生き残った穴山梅雪を引きつれていた。
信長は武田氏を滅ぼしたものの、そのあとへ家康の勢力が、遺臣と結んで根を張ることをひどく警戒しだしている。
(以前には、褒むべきは褒め、責むべきはビシビシ責めた信長だったが……)
梅雪「見られよ。信長どののご威勢を、
以前にはわずかな好意も、過大に受け取る癖のあった信長が、今では逆になっている。
これも「天下人」と自負しだしたからのことであろう。その位置から眺めてゆくとあらゆる好意は当然のこととなり、どのような精励もまた、その職責上当然のことに見えて来る。
そうした癖は、最後の将軍、足利義昭にもたぶんにあった。義昭は、すでに何の実力もなくなってから、自分が命令者であると錯覚して事ごとに失敗を重ねていった。
いや、義昭だけではなくて勝頼の錯覚もまたそこにあったと言ってよい。
梅雪はちらりと家康を見やって、何か言いかけたがよしてしまった。
(少なくとも信長とは違った生き方をしようとしている家康)
「いや、武将の生き方は哀れなものでござるて。では、帰陣いたすとしようかの」