おはようございます。久しぶりに夜寝付けずに原稿を作っていました。お忙しいとは思いますがチェックをお願いします。
2015.11.23pm1:30支部セミナーat猿渡宅
下手な川柳と御書で体験発表をさせて頂きます。
(1) 逝去前 祖父の三遍 十二歳
我が家は親父の暴力と私のひ弱な体を理由に、今施設に入っている83歳の母が昭和39年に入会し51年になります。小学6年生12歳の時にお祖父ちゃんは、亡くなる直前、親戚中の猛反発の中で母の必死の折伏で、「房子さんがそげん言うならあげるたい」と言って、題目を3遍唱えて息を引き取りました。
教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき
そのお祖父ちゃんの田んぼを相続で貰い、そこに道路が出来たそのお金で私は創価大学に行くことが出来、残りの土地にこうやって地域の広布の拠点として皆様に使って頂いてもう37年になります。まさにお祖父ちゃんのたった3遍の題目が無量の功徳の華に咲いています。
(2) 喧嘩せず 手も握らず いい夫婦
28歳でお見合いで結婚し、若い時まったくモテなかった私は勢い余って生まれた子供が双子。片方が生後まもなく亡くなり新婚気分がいっぺんに吹っ飛び、おまけに給料は安く、小姑も二人もいて、「創価大学卒業の税理士の卵」と期待させて結婚した妻に、私はいつ離婚させられるかヒヤヒヤの毎日。ある時、先輩の結婚式に行く直前になって、1万5千円入れていたお祝儀袋から5千円を抜かれていて、娘もいる車の中で、「やらんかー!」「イヤー助けてえー!」の取り合い。何度お膳をひっくり返したことか。一日250円のタバコ代だけで頑張り、5年で税理士試験に合格しました。
何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり
34歳で独立して「綱渡りの24年目」を迎えていますが、概ね8年毎に大きな試練を乗り越えて来ました。
最初の8年目は5人の職員が一斉退社。それから徹夜の日々が7年続きました。仕事がさばけない、ミスも多い、脱税意識の強い関与先に翻弄され、職員は長続きせず。
第二の8年目は心の病ですぐそこの精神病院に3ヶ月半入院しました。まさか私が親父と同じ精神病院に入るとは!私にとって人生最大の挫折でした。しかし、多くの同志の方々の激励とお題目で乗り越えて来ることが出来ました。
5名の職員が一斉に辞め、その後も2年毎に人が全員変わっていましたが、今では5名の職員全員が10年以上選手で、給与計算も資金繰りも税務調査も給与改訂もパートの採用もすべて職員任せ、週休3日制、5名の内4名は持ち家、そして何よりも「所長が居なくても回っていく事務所」になりました。
「庶民的な税理士」と 「一万円申告」を最大のモチーフに関与先も300件以上に拡大し、年間1億円以上の利益を挙げる関与先も数社あります。
(3) 上海へ 路なき路を 笑顔にて
第三の8年目は24年目を迎えている今です。
法戦で全国の税理士130件を回り、8年間に題目2,000万遍を達成した頃、関与前のご縁で中国の税理士と知り合い、なんと上海に合弁会社を設立することが出来ました。
この8月に結婚30周年を記念して、初めて奥さんを上海に連れて行きました。
妻曰く「お父さんの日頃の行動をチェック」
上海では創価同窓の集いがあり、池田先生を顕彰する魯迅記念館も見学。今年6月の新人間革命での第四次訪中の舞台となった上海南京蘇州へ観光してきました。
初めて行った3年前は1元13円だったのが今では20円。3年で50%以上の物価高で、ものづくりは厳しく、今やマーケット。中国人の購買意欲は“爆買い”に象徴されるようにまだまだ旺盛で、中国政府も沿岸部から内陸部へと個人消費の拡大に力点を移しています。不景気で製造業は減っていますが、小売業、飲食店、サービス業は増えています。ユニクロの社長「中国は今後生活大国になる」
上海は福岡県と佐賀県の半分を合わせた程の広さに2,400万人。そのうち日本人が旅行者を含め常時10万人います。在外の日本人では最大です。上海だけで日系企業が9,000社。入会した上海の日本商工倶楽部はこの辺りの商工会議所と違って日本の縮図のようなもので、日本を代表する大企業から中小企業までいます。
人脈はどんどん広がりますが、肝心のお客さんが全く出来ない!良く考えたら出来るわけがない。ましてやアウェー(敵地)の中国。 日本人だったら少々お金が高くても安心出来るところに頼む。 大手の会計事務所ばかりで、バックも組織も能力もない個人の税理士など出る幕はない。
現実は「進むも地獄、引くも地獄」。あきらめないことが大事だけれども、あきらめることも大事かなと弱気の命が出てきます。魔の大都会上海でこんな片田舎の税理士に何が出来る!
元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり
最後に上海創価同窓の集いでの先生のメッセージで決意させて頂きます。
「路とは何か。それは路のなかったところへ踏み作られたものだ。荊蕀(いばら)ばかりのところに開拓してできたものだ」とは、上海に魂魄を留めた魯迅先生の叫びです。
…
創価とは、試練があればあるほど、いやまして勇気と智慧を出(いだ)して、断固として勝ち越えてゆくことなり…
…
この不屈の負けじ魂を、誰にもまして深く強く受け継いでくれている誉れの開拓者こそ、上海の君たちであると、私は信じます。
池田先生が懸けられた金の橋を渡って、中国への広宣流布の為に少しでもお役に立てることができますように、 今年の題目の目標200万遍を達成して、来月2日から37回目の上海に行ってきます!
ありがとうございました。
(約5分かな?)