
◎乱世の相
 (いったい自分はどんな罪障をもって生まれて来ているのか?)
 ……親があって親を信じられず、子があって、子も信じられぬ。兄弟同士が焼刃を合わせ、婿と舅とが殺し合う。
 
 どの家を見ても妻は敵方の諜者であり、兄弟はもっとも身近な敵と言えた。
 
 武力の強大さだけでは、骨肉相食むこの地獄は決して裁断し終(おお)せなかった。とすれば、やたら初陣武功をあせるより、今の不幸を神の与えた雌伏の時とし、
 「ーーわれ何をなすべきか」をじっくり考えようとつとめて来た。
 
 「戦というはな、戦うてみぬうちに、気おくれしてはならぬものじゃ」
 
 撃つべきものは何ものか。
 正眼に構えて気息をととのえ、無念夢想をめざしてゆくとかえって厨のあわただしさが感じられる。
 
 「わしを縛るものはただ一つ、岡崎に残った家臣たちの、今日までの忍耐じゃ。わかるかわしの言うことが」
 
 ◎水魚相会う
 「第一が放火でござりまする」
 
 「第二が押し込んでの強奪」
 
 「第三に煽動でござりまするな。ご領主は、少しも民を護ってくれぬ。護る力のなくなったものに年貢を納めてなるものか」
 
 「いや、これはこれは、眼のさめるような美人でござるな。ハッハッハッハッ……」
 
 「……美しいということは功徳でござる……咲き匂う花の前に立ったような爽やかさを覚えた。」
 
 「ーー他人に肝を見すかされ、することを言いあてられるような奴では使いものにはならぬ」
 
 「その方な、わしと二人だけのときには友だちづきあいでよいぞ」
 
 ◎風雲うごく
 他人目(ひとめ)にはいぜんとして飛将軍の闊達さに映ってゆく信長の挙措のうらには、はかり知れぬ苦悩が根深くかくされていた。
 
 ◎流星
 「それがたわけじゃ……おん大将の大事な家来を一人斬って、またお身が斬られたのでは大将の損は二倍になる。そのくらいの計算ができぬとはさてさてとぼけた頭よ。逃げさっしゃれ。お身を斬ったらおん大将は必ずあとで悔む。後悔させるが忠ではあるまい。この場を逃げていつの日か、二人分の働きするが分別じゃ」
 
 ◎梅雨の道
 「いいえ、わらわにとっては大事なこと。二日、三日の耐(こら)えはできても、五日とつづかぬ殿のお癖。殿が軍旅のつれづれにひなびた女子を愛しはせぬかと……」
 
 「殿……約束してたもれ。ご帰還なさるまで女子には眼はくれぬとなあ殿……」
 
 「わかった」
 
 苦節に苦節を重ね、十八年間の人生の十有三年を人質で通した、青年元康の運命をかけた出陣だった。
 
 ◎弦月の声
 久松佐渡が女房は、殿に義理を立てて、会えるわが子にも会わなんだーーそう言われてこそ、信長の信頼は於大に高まるはずだった。
 眼の下に元康の騎乗姿があらわれた。
 「おお……」
 もう立派な大将ぶり、月の光をうけた凛々しい顔は最初の夫広忠よりも、於大の父の水野忠政に生きうつしであった。
 
 元康は母のまん前で月を仰いでつぶやいた。
 「まるで誂えたような月だの」