◎孤因の母
(どうすれば、この母の心を竹千代に通わすことができるであろうか)
強い母。不撓のーー
俊勝「岡崎どのは、とうとう、わが子を見殺しと決めてその旨返答に及んだ由じゃ。むごい人ぞ」
(竹千代! 母じゃ、母がそなたのそばに立っているのがわからぬのか……)
どきりとするほど父の水野忠政に似た面輪(おもわ)。わが身にふりかかった苦難も知らず、明日に脅えることも知らない。いやそれよりも、自分の前に全身をふるわして、わが母が立っていることすら知らずに、竹千代はすぐまた視線を手もとにおとしてゆくのである。
「なあ竹千代、おぬし、この信長が、おぬしの斬られないように計ろうてやっても好きにはならぬか」
.……
「好きになって、やっても、よいわ」
◎流れる星
「わしは斬る! 於大を斬るぞ」
お春を殺して涙一滴見せなかった広忠。
(この人でなしめ! この情け知らずめ……)
いよいよこの主君とは別れる時が来たと思った。
(今だ!)
(このままでは、やがて殿は……)
最愛の一子を見捨て、於大の方まで斬ろうとする。このままでは松平家はつぶれ去ると八弥は思った。
「殿!」
……
「片目八弥は、主殺しをいたしまする」
「なんと申した八弥」
「あーー」
「八弥乱心……」
「よく……よく……刺した。広忠はな、自分で自分を持てあました。生きることが怖ろしかった」
「えっ?」
「そちにはわかるまい。生きること……生きることはな……罪業を……あさましい……罪業を重ねることだと……あとを……あとを……」