ベテラン商社マンが残した言葉 【読売新聞中国駐在編集委員 加藤隆則】vol7(読む時間:約4分)
「中国市場の動向だけでなく、中国が世界で何をしようとしているのかを探ることが問われている」
3兆円を超える政府開発援助(ODA)の円借款を受けた中国は今や、日米に次ぐ投資大国になった(2014年、1029億ドル)。
外国からの投資受け入れでは世界最大だが(2014年、1,196億ドル)、資金の出入りがトントンに近づいている。中国がどこで石油や鉄鉱石を買おうとしているのか、食糧の輸入先はどこか。外資には競争相手にも、パートナーにもなり得る。正しい中国観を持つことが正しい世界観につながる時代だ。ベテラン商社マンはそのダイナミックな変化を肌で感じたのだった。
「日本には『どうせ中国だから』『やっぱり中国だから』という偏見や先入観が根強く残っている」
中国に身を置く多くの日系企業駐在員は、日本にある本社との対中観ギャップに悩まされる。本社とのやり取りだけで神経をすり減らしてしまう、という駐在員の不満話はあちこちで耳にする。メディアの報道を元凶とする見方も存在する。
「中国はスーパーパワーとして米国を超えるか、あるいはすでに超えているか?」
「Yes」が49%、「No」が34%だったが、日本人だけをみるとそれぞれ26、69%で世界標準とは反対の評価だった。ちなみに「Yes」が低いのは南シナ海で中国と領土紛争を抱えるベトナム、フィリピンの17%だった。さらに奇異なのは2009年の調査結果と比べ、大半の国は「Yes」の割合が増えているのに対し、日本は「Yes」が35%から26%に減り、「No」が59%から69%に増えていることだ。
一方、英BBC放送が読売新聞社などと24か国で実施した世論調査では、日本が「世界に良い影響を与えている」との回答が49%で5位。日本が「悪い影響を与えている」は全体で30%だが、国別では中国が90%で、前年の74%から増えた。
世界標準とかけ離れたお互いの低い評価は、鏡を見るような反作用を連想させる。悪感情が反射し合っているのである。日中の相互認識は世界標準と非対称な「負の対称化」が生じていると言える。
経済成長率の目標値が7%に減速されたニュースを聞いた東京の同僚は、「やっぱり中国が米国を超えるのは難しいな」と感想を述べた。日本からは「とうとう中国の崩壊が始まったか」との声も聞こえそうだ。だが中国の7%成長分はタイとマレーシアのGDPを合わせた額に相当する。
内陸部を見れば昨年、省レベルで二けた成長に達したのは5か所、9%以上は12か所に及ぶ。多くの地方は発展途上にある。
容赦ない摘発で官全体の士気が低下し、李克強首相が「怠け者は許さない」と叱責せざるを得ない状況が生まれている。中国は強さと弱さを抱えながら一党独裁を堅持する難題に挑んでいる。
中国の有識者と接していてしばしば話題に上るのは、中国が装う強さの裏に隠された弱さだ。例えば9月3日の抗日戦争勝利記念日に北京で軍事パレードが行われるが、表向きの強さの誇示とは裏腹に、主要目的の一つは軍内の引き締めだ。李克強首相の言葉通り、徐才厚前中央軍事委副主席ら軍の元最高指導者が相次ぎ摘発されや軍内でも戦意の喪失が生じている。それを統率し、士気を上げるためには、机上の政治教育だけでは足らず、主体的に参加する舞台として軍事パレードが必要となる。
一つの数字や表面的な事象をもって、この複雑で多様な国を測れば必ず見誤る。隣国でありながら、真の姿を見ようとしない日本人が多い。劇的に変化している国際情勢から目をそらし、内に閉じ籠もっているように見える日本には不安を感じる。
深刻な環境汚染の改善や産業構造の高度化を図り、持続可能な成長路線を目指す中国は、問題の解決を市場開放という外圧に頼る道しかなく、目ざとい外資は「弱さ」が生む商機をうかがう。技術やソフトパワーで優位に立つ日系企業には、各地方からの多種多様なニーズが寄せられている。こうした現場に「負の対称化」が生まれる土壌はない。
「定義」なしで強さと弱さを見れば、深い相互依存関係が見えてくる。資源の乏しい日本が世界で生き残っていくため、日本が孤立して再び道を誤らないため、隣国を等身大の正しい目で見ることの大切を、今こそ再認識すべきである。