労働契約法制定による今後の影響と課題
中国政府は、いまだ労働契約法の実施細則を策定していないことから、法律の解釈 について、労働社会保障部や中華全国総工会をはじめ、弁護士事務所などに多くの問 い合わせが寄せられている。しかし、結局は実施細則の策定を待つしかないというの が現実のようである。
労働契約法が社会に与える影響が大きいこともあり、現在中国政府は、全国の企業 や工会などから意見を聴取するなど労働契約法の施行状況の調査を実施しているとの ことであった。このため実施細則は、この調査結果を踏まえた内容となることも想定 される。いずれにせよ中国政府は、早期に実施細則を策定し、企業と労働者の不安や 疑念を払拭する必要があろう。
JETRO(日本貿易振興機構)が昨年 10 12 月にかけ、中国の日系の製造業企 業を対象に実施した「中国における様々な制度変更と人民元の上昇が企業にどのよ うな影響を与えているのか」とのアンケート調査によると、労働契約法の施行によ る影響が最も多いとの結果となり、約8割の企業がマイナスの影響を受けると回答している 26。 なかには「労働者1名当たり8%程度のコスト増になる」との回答もあ り、経済補償金や工会への対応など、企業のコスト負担増による営業利益の悪化を懸 念する声があった。
また、中国の経済誌『中国企業家』は、「労働契約法は、経営者、労働者、政府の3 方がいずれも損失を被るものである」と酷評し、今後、労使紛争が増加する懸念があ ると指摘した。また、同誌が行った調査結果によると、中国の経営者の 71%が労働契 約法の修正を要求しており、修正を要求する条項としては、「期間の定めがない労働契 約への移行」が 30%、「労働契約満了の際の経済補償金」が 28%、「整理解雇の際の経 済補償金」が 18%と多くなっており、経営者側が特に人件費の負担増を問題視してい ることが分かる。
労働契約法に規定されている事項の約9割は、これまでも労働法をはじめとする法 令等に規定されていたものであり、新たに設けられた規定は少ないという。しかし、 これまで法令をあまり遵守してこなかった韓国、台湾等の企業では、人件費の高騰や 労働契約法の制定による負担増を理由に、中国からの撤退や夜逃げが増加していると の報道がある。
今回の実情調査では、労働契約法が本年1月1日に施行されたばかりであり、労働 行政機関も積極的な監督を行っていないことから、企業側に大きな混乱は生じていな いとの印象を受けた。これは、特に日系企業では、本法律が制定される前から労働関 係法令を遵守しているところが多く、中国の国内企業や他国の外資系企業と比べてそ の影響が最小限であったためであると思われる。このような状況を踏まえると、本法 律の制定が、これまで労働関係法令を遵守してきた企業と遵守してこなかった企業の 公正な競争を促進するという役割を果たすことも期待される。
中国政府は、本法律の施行により雇用の長期化を目指すとしているが、法施行後の 最初の労働契約期間が満了すると考えられる2、3年後に、どれくらいの割合で、2 回目の契約が締結されるかが注目される。2回目の契約締結は、期間の定めがない労 働契約に結び付くことから 27、2 回目の契約締結率が、今後の中国の雇用が長期化に 向かうかどうかの指標になるだろう。
26 「労働契約法の施行によるマイナスの影響」79.3%、「企業所得税の統一によるマイナスの影響」75.3%、 「人民元上昇によるマイナスの影響」66.9%、「輸出増値税還付率引下げ措置によるマイナスの影響」 66.9%、「加工貿易禁止品目の追加によるマイナスの影響」27.8%
27 期間の定めがない労働契約に結び付くのは、2回目の契約締結か、3回目の契約締結かで解釈が分かれ ているが、現在のところ2回目が通説となっている。実際には実施細則で明らかにされると考えられる。
また、仮に企業が高い割合で2回目の契約を締結したとしても、これまで自らの意 思で転職を繰り返してきた労働者側の意識に変化がない限り、雇用の長期化には結び つかないとも考えられる。
労働契約法の制定が、本当に労働者の権益を守るものとなり、中国の雇用慣行が雇 用の長期化に向かうのか、その評価を行うためには、しばらく時間がかかると考えら れ、引き続き注視が必要である。