第30章
美貌のドロテアの機転が冴え、
愉快な時が経つ。
「戯(たわ)け」ドン・キホーテが大喝した。「鎖に喘(あえ)ぎ枷(かせ)にひしがれ、悲嘆に暮れる者と遍歴の騎士がめぐりおうたのだ。…困っている者があればそれを助ける、苦しむ者があればその苦しみを思い遣る。…」
「…でも、何もかも父が申した通りですわ、ドン・キホーテ様におめぐり出来て幸運です。このお方こそ、父が申しておりましたそのお一人。…」
「そう思ったから」と神父。「助け船を出しました。上手くいきましたね。それにしても、うちのお侍、驚くじゃありませんか、騎士道本の出鱈目を真似ただけで、でっち上げの作り話にこうもやすやすと乗ってくるとは、気の毒に、よほどいかれている」
第31章
ドン・キホーテと
サンチョの粋な対話。
その他。
「またまた、殿様は、やっぱり、いかれちゃっておいでですよ。だって、そうでしょう、こんな、しょうもない旅をまだまだお続け遊ばすんですか。棚から牡丹餅の縁談をふいにしていいんですか。先方は、国をやる、とおっしゃっているんですよ。ぐるりまわれば二万里をこえるそんな大きい国で人間の暮らしに入用なものは何だってふんだんにある、ポルトガルとカステイーリャを合わせたより大きいんですよ。もう何も仰らないで下さい、さっきのことだって、あんな馬鹿なことを仰って恥ずかしくないんですか。申し訳ありませんが、おいらの言う通り結婚して下さい。その辺の村で司祭がいたら式を挙げましょう。…わたしも人様に差し出口を言える齢(とし)になりました。此度の差し出口は正鵠(せいこく)を射ています、飛んでる鷹より手の中の雀、据膳食わぬは云々、出来ぬ堪忍するが堪忍」
第32章ドン・キホーテの一行、
旅籠の出来事
「嫌だね、あたしの尻尾、まだ鬚にしてる、返して下さいよ。恥ずかしい話、亭主のが役に立たなくて、いや、なに、股座(またぐら)の筆(ペン)さ、櫛(ペイネ)ともいう、あたしの役には立っていたんだよ」
「本当に、そうね」とマリトルネス。「実を言うと、あたいもああいうのが大好きなの。わくわく、どきどき。どこかのお嬢様が、騎士の彼氏とオレンジの木の下かどこかで抱き合っているでしょう、ああいう場面になると、もう、たまんない。そばで見ている腰元は独り身で、もう、羨ましくて、どきどきを越えて悶々、悶え死んじゃう。あたいも、そういう甘い場面には蕩(とろ)けちゃう」
「その心配は御無用」と亭主。「遍歴の騎士になるほど狂いはしません。昔のやりかたがいつまでも通用するとは思っちゃいません。昔は錚々(そうそう)たる騎士が世界を遍歴していたそうですが」