困らない相続の話
天野隆
税理士法人レガシイ代表社員
(ソフトバンク新書)
はじめに
「いま、親が死んだら……」
「ウチの親はまだまだ元気だから」
「親の死を考えるなんて縁起でもない」
「親が死んだら、自分は何をしなければならないのか?」
大切な親を失えば、残された家族の心は深い悲しみに包まれます。
しかし、
☆悲しみに暮れている時間もないほど、遺族にはやらなければならないことがたくさんあるのです。
☆誤解を恐れずに言えば、相続ではもめるケースのほうが圧倒的に多いのです。
(この人も、言いたいことを言い出せない葛藤に苦しんでいる)
「大切な肉親を失い、心から悲しむべきときに、故人の財産のことで悩むのは人として恥ずかしい」
「預金が少なすぎるんじゃない? お父さんはお金にうるさい人だったから、もっとたくさんあるはずよ」
「兄貴は同居していたんだから、知らないはずはない。どこかに隠しているんじゃないか?」
「親の面倒も見てこなかったくせに、親の金のことになると目の色を変えるのか。いつからそんな恥知らずな人間に成り下がったんだ」
「親の財産のことで、残された家族同士が信用できなくなってしまうなんて、悲しい話ですよね。僕自身は父の財産なんかアテにしていなかった。こんなことになるなら、財産なんか遺してくれんないほうがよかったと、天国の父に言いたい気持ちです」
●ーー相続は「財産の問題」だけではない
☆平成22年調停件数約8000件
その約4分の3が5000万円以下のケース。
つまり“争続”4件中3件が相続税がかからない相続で生まれているのです、
☆相続争いを根深いものにしてしまう一番の要因は、“勘定”ではなく“感情”
☆反対に、数字の上では不公平に思えるような遺産の分け方でも、相続人全員が納得できる円満な相続の事例も、実はたくさんあるのです。“勘定”ではなく“感情”に配慮された相続が行われたということです。
当事者の“心”
相続は“財産の問題”としてだけではなく、
“心の問題”としてとらえなければならない。
「相続の意味を説明できますか?」
「相」という字は「すがた」
目に見えない意志を含めた親の「すがた」を家族が引き継ぐことこそ、本来の相続という行為なのです。
家庭裁判所に持ち込まれる相続件数も、この10年で倍増。
◎実例1
ーー相続は突然やってくる
「俺の退職金はすべてマンションを建てる資金にあてるから、あと2年、この古い家で辛抱してくれ」
父親が亡くなる前にマンションを建てていれば、財産の課税対象額が圧縮されるため、相続税は発生しなかった。
◎実例2
ーー親の責任も子に引き継がれる
もめることもなく相続の手続きが円満に済んで1年半ほど経ってから、突然2800万円もの負債の返済を求める通知が。
差出人は、会ったこともない弁護士。
書面には、父親が生前に知人の借金の連帯保証人になっていた事実が記されていました。
法的には「知らなかった」では済まされないのが、相続の“前提”なのです。
◎実例3
ーー子どもの意思で相続は決まらない
Sさんはリストラで月々の住宅ローンの返済が重くのしかかってきますが、それでもあわてませんでした。
…父親の財産を相続すれば、住宅ローンなどいっぺんに返済できる、と心の中で思っていたのです。
しかし、思惑どおりにはいきませんでした。父親の死後、遺言書を見たSさんは、自分の目を疑ったといいます。そこには財産はすべて、ある宗教団体に寄付すると書かれてあったのです。
「親の身勝手」
しかし、親の財産の行方については、あくまでも親の意志が最優先されるというのが相続の“本質”なのです。
◎実例4
ーー親不孝をしているつもりはなかった
遺言書
「財産のすべてを長男に相続させる」
ーー「兄弟で仲良く分ける」と約束したことを口にすると、
兄は
「そんな約束には何の法的効力もない。おふくろは親不孝なおまえをー恨んでいたんだぞ、遺産なんかもらえると思うな!」
と一喝。
◎実例5
ーー家族を支えてきた苦労が報われない
妹も弟も、家族の問題はMさんに頼りっきりでした。
「家のことも、お父さんのことも全部姉ちゃんに任せた。私たちは何も口出ししないから」
しかし、父親が亡くなってみると、妹や弟の態度は一変したのです。
父親が遺した財産は自宅の不動産とわずかな預貯金だけ。
初七日も済まないうちから、兄弟がそろって相続分を主張し出したのです。
「こんな大きな癒えに姉ちゃんが一人で住むなんて無駄もいいところ。売り払って、お金に換えれば4人で平等に分けられるじゃないの」
「親父の財産を独り占めするつもりかよ?その歳になるまで嫁にも行かずに親の脛をかじってきたんだから、本当なら、姉ちゃんの取り分なんかなくてもいいと思うけどな」
その後アパートで一人暮らしを始めたMさんは、妹や弟とはアカの他人のように疎遠に。相続が発端となって、住み慣れた家とともに、家族の絆までも失ってしまったのです。