第四章 天下の潮流
一
たとえ不出世の英雄であっても、その人生がほんとうに輝く時は、はかないほど短いのかもしれない。
ーーあの猿が信長のようなまねはするまい。
ーー所詮は商人。これからの天下を動かすのは武将でございますからな。
「呆気ないな」
官兵衛の唇から洩れる。
ーーこれが雑賀衆(さいかしゅう)の最期か。
二
村重は長政へ伝える。
「本能寺の変を起こしたときの、明智日向守(光秀)の心の中じゃ。あのときの光秀の気持ちがわかったのは、この世にわし一人であったろう、いま生きて人に伝えられるのもわし一人。なれどあの気持ちは言葉では伝えきれぬ。わしから口で伝えられるのは、武家をなめるな、ということだけだ。たとえ抜きんでた才覚の持ち主であったとしても、それだけでは武将は務まらぬ。だから光秀もわしもしくじった。信長公が特別だ、などと思わぬ方がいいぞ。君主とはみな同じだ。いや、君主になればみな同じになるーー」
三
「有岡城の牢内で最初の歯が抜けました。それから一本、また一本と抜けていきます。まだ四十になったばかりなのに。この官兵衛が筑前殿より長く生きることはございますまい。次にいかなる天下が訪れるかなど、それがしには見当も付きませぬ。また付ける必要もないと思っています」
紀の川(きのかわ)は、奈良県から和歌山県へと流れ紀伊水道に注ぐ一級水系の本流。河川法上の名称は「紀の川」であるが、国土地理院の25,000分の1地形図では「の」が小さなカタカナで「紀ノ川」と記載されている。