項羽と劉邦(下)1
◎背水の陣
韓信は、転戦している。
「木で鼻をくくったようなあののっぽめが」
張良「策を申し上げてよろしゅうございますか」
「北方で韓信を働かせるのです」
「敵にみつからずに山中の間道を縫い、山上から敵の井徑(いけい)城を望見できる所まで行って埋伏しておれ」
「正規の朝食は、戦いがおわってから摂ろう」
「私はあとから出て行く」
「これが、低水(ていすい)の流れだ」
諸君はこの低水の流れの内側ーー敵陣の側ーーに入って陣を布(し)け
「それでは背水になりますが」
ーー韓信は兵法を知らない。
と、口々に言い、大笑した。韓信が買いたかったのはこの嘲笑であった。
「もう、よかろう」
韓信は、その部隊とともに囮になった。この時代でも囮作戦はあったが、大将とその直率部隊が囮になるというのは前代未聞のことであった。
「死ね」
「死にたくなければ、戦え」
韓信がかくしてた二千の部隊が山から出現し、……
「漢はすでに趙王や陳余を殺して城塁を奪った」
韓信「食事から塩を次第に減らして行っただけです」
ーー韓信どのの軍は、食べるものがみな旨い。
◎斉の七十余城
劉邦は、敗けてばかりいる。
ーーあの鼠めが。
劉邦の戦略はーー張良ら幕僚たちが立案するとはいえーー自己を弱者であると規定し、その恐怖感情から発想されたものばかりであった。
劉邦と夏侯嬰
「大王の御運尽きたまわず」
「嬰よ、なさけないことだな」
「このまま星の国へゆければどんなにいいだろう」
「いいじゃありませんか」
「あなた様には、天運がついてまわっているのですから」
「五菜のことか」
ばかばかしい
「あなた様ご自身がお疑いになっちゃ、いけませんよ」
「疑いもするわ。天運があればこうも負けまい」
「負けるのは、陛下が…お弱いからです、
天運と何の関係もありません」
「人間はな」
「こういうときにはな」
「唄だ」