◎治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)は、平安時代末期の治承4年(1180年)から元暦2年(1185年)にかけての6年間にわたる大規模な内乱である。後白河法皇の皇子以仁王の挙兵を契機に各地で平清盛を中心とする平氏政権に対する反乱が起こり、最終的には、反乱勢力同士の対立がありつつも平氏政権の崩壊により源頼朝を中心とした主に坂東平氏から構成される関東政権(鎌倉幕府)の樹立という結果に至る。
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0186〜0237 開目抄 0208:11〜0209:05 第33章 法華の深恩を明かす
講義
つぎに「法華経方便品の時・仏略して一念三千を」云云とのおおせは、十如実相の文である。これを、ほととぎすや月に譬えられたのは、まだ一念三千の名のみあって実義がないからである。
「具足の道を聞かんと欲す」については、今文に詳述されているとともに、また、つぎの御文においても、さらに詳述されている。すなわち、
観心本尊抄に
「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う」(0246:15)云云。