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2020.10.14-4

2020年10月13日 (火) 22:26
2020.10.14

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【Deep Insight】菅首相と「大乱世」
日本経済新聞 朝刊 オピニオン(6ページ)
2020/10/13

「縦割り行政の打破」を掲げる首相には、この手法が官僚機構を動かすには手っ取り早いとの考えがあるのだろう。経済産業省の官僚が中心となった未来投資会議をエンジン役とした安倍晋三政権、経済財政諮問会議を重視した小泉純一郎政権、直属機関を活用した中曽根康弘政権など、これまでのどの内閣とも違う。閣僚に特命を託し、期限を設定してゴールから逆算させる「分散プロジェクト型」といえる。

 閣僚に仕事をさせるのは、自らの体験に基づく。

 首相が総務相になったのは57歳、衆院当選4回のとき。「大臣は最後かもしれないから、思い切ってやりたいことをやった」と当時を思い起こす首相は、ふるさと納税や地方分権改革推進法などを矢継ぎ早に手掛けた。「大臣は自らの裁量で、かなりの仕事ができる」との結論はいまも変わらない。

 その意味でデジタル改革相の平井卓也氏、規制改革相の河野太郎氏は活躍の場面が多い半面、力量を試されてもいる。コロナ対策と経済の両立は田村憲久厚生労働相と萩生田光一文部科学相、首相肝いりの携帯電話料金の引き下げでは武田良太総務相、エネルギー政策は経産相、無派閥の梶山弘志氏が当面、政策遂行で脚光を浴びる立場にいる。

◇◇
 
 切れ目なく繰り出す政策の行き着く先には、自民党総裁選と衆院選がある。

 総裁としての任期は来年9月、衆院議員の任期は10月に満了する。残るは1年間。永田町には「党内基盤が弱い首相は、大派閥が合従連衡して他の候補を担げば敗れる」との見方がある。この考え方は当たっているようでいて、この四半世紀で自民党内に生じた構造的な変化を見落としている。

 派閥連合が威力を発揮したのは98年、小渕恵三氏が梶山静六氏と小泉純一郎氏を下した総裁選が最後といえる。この時、梶山氏とともに小渕派を飛び出した首相が学んだのは、議員が勝ち馬に乗ろうとする心理だった。

 自民党に君臨した「竹下派経世会」創業者の一人でもある梶山氏は派閥の強さも弱点も知り、そこに一瞬の勝機を賭けた。派閥のタガは「経世会支配」といわれたころから緩んでいたとはいえ、まだ当時は中選挙区が小選挙区選挙になって2年足らず。なお強かった派閥の幻想と威光は「大乱世の梶山」でも破れなかった。

 それから22年、安倍前首相の「議員は世論で反応のある人に動く。そこが昔と小選挙区制になった現在で異なる」との言葉が、首相が無派閥で勝った事情を総括する。次の総裁選も総選挙も派閥の思惑ではなく、首相が勝ち馬と認識される実績と世論が左右する。

 世論でいえば、日本学術会議の新会員候補6人を任命しなかった問題がある。

◇◇

 作家の山崎豊子さんが60年代に発表し、昭和、平成、令和にテレビドラマ化もされた「白い巨塔」の後半部分では、主人公の医学部教授が日本学術会議の会員選挙に向け、あの手この手を尽くす姿が描かれている。良心派の教授が「国会並みの愚劣極まる会になり下がっている」と皮肉を交えて語る場面もある。時の首相が任命する仕組みへと84年に変わったのは、こうした組織票による選挙制度への批判が高まったからでもあった。

 学術会議会員の選考方法は2005年にも変更された。首相は学術会議を行政改革の対象とする方針を示している。説明責任と行革の両面で議論が進むことになる。

 発足から1カ月もたたないうちに、閣僚たちは改革に動く。無難にスタートして大過なく任期を終えようとするのは、首相の「やる気になれば仕事はできる」との意向にそぐわない。

 「国民からみて当たり前のことをやる」を信条とする首相は新たに「国民のために働く内閣」を掲げた。コロナをきっかけとする施策は結果として、長く続いてきた不必要な国内規制や慣習のしがらみをなくす戦後の「再決算」になる可能性をも秘めている。

 政治の師と仰ぐ梶山氏が総裁選に出馬したのは72歳の時で、くしくも首相は12月に72歳となる。師が経験しなかった大乱世のかじ取りは本番を迎える。


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