◎春秋
コンピューターがプロを負かす日は来るのか――。1996年版の将棋年鑑に、棋士を対象にしたアンケートが載っている。米長邦雄さんは「永遠になし」、加藤一二三さんは「来ないでしょう」。当時七冠の羽生善治さんは予言した。2015年がその時である、と。
▼驚くべき読み筋である。コンピューターソフトが佐藤天彦名人を大差で破ったのは17年のこと。ほぼ正確に言い当てた。プロは要らなくなるのでは。そんな悲観論を払拭する快挙にファンが沸いたのもこの年。デビューから無敗の29連勝。前人未到の新記録を打ち立てたのが、中学の制服姿が初々しい藤井聡太さんだった。
▼連勝が止まった際のコメントがすごい。朝日新聞の取材に「まだ実力的に及びません。むしろこのあたりで『平均への回帰』が起こるのではないかと」。保険料の算出などに登場する統計学の概念に触れ、今の成績はサンプルが少なく本物と評価できない、と謙遜したのだ。理詰めのリアリストだ。が、それだけではない。
▼おととい最年少タイトルを戴冠した俊英は、人工知能(AI)と人知の関係を問われ「盤上の物語は不変。その価値を伝えたい」。名人に香車を引いて勝つ、と豪語した情念の人、升田幸三の「棋士は見る人に楽しさを与えなくては存在理由を失う」の信条と響きあう。AI時代の旗手は、81マスの詩学の後継者でもある。