【あすへの話題】そんな中 美術家 森村泰昌
日本経済新聞 夕刊 1面(1ページ)
2020/7/10 15:30
最近、「そんな中…」という言い回しをよく耳にする。例えばTVニュースなどでキャスターが「首相が緊急事態宣言を発令しました」と語り、それに引き続き、「"そんな中"、各地の都道府県知事も独自の方針を打ち出しました」というように使われる。
個人的見解にすぎないが、これまでのTVニュースでは、「そんな中」はほとんど使われていなかった。むしろ私が気になっていたのは、各局のニュースキャスターがそろって、「次です」という言い方を多用することだった。ところが今では「そんな中」がこれにとって代わった。TVの某ニュース番組をチェックしてみたら、30分ばかりの間に4回も使われていた。
思うにコロナ以前のニュース番組では、国政、経済、災害、事件、スポーツ、娯楽と、異なる話題が多様にあって、それら多くの情報を短時間に伝えるために、話を手際よく切り替えていく必要があった。「次です」は、話題転換の合図としては、まことに使い勝手のいい合言葉だったのだ。
それが昨今では、人々の関心事がコロナ一色となった。ほぼすべての情報が、コロナのさなかの出来事のバリエーションでしかなくなり、なかなか別の話題には移れない。この、先の見えない不安定な"さなか"感に、「そんな中」はぴたりとフィットしたのかもしれない。
ところがごく最近のニュースでは、以前主流であった「次です」が、徐々に復活し始めた。社会情勢は「そんな中」から「次です」へと、このまま進むのだろうか。それともまたぞろ、「そんな中」へと逆戻りなのだろうか。まだまだ予断は許さない。