【寸鉄】
「善友は日蓮等の類いな
り」御書。同志の絆こそ
宝。励ましの声弛みなく
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山形県婦人部の日。信心
は自他共に心の財積みゆ
く実践。今日も朗らかに
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「御書根本」が学会の魂。
リーダー率先で学び深め
日々新鮮な生命で出発を
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感染者7割は50代以下。
「3密」避け不急の外出
自粛を徹底。今が正念場
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温室効果ガス5年連続減
危機の克服へ“心の変革”
“行動の変革”更に広げ
◎クビライ・ハーンがモンゴル皇帝に即位した8年後の文永5年(1268年)正月、高麗の使節が元の国書を持って大宰府を来訪、蒙古への服属を求める内容の国書が鎌倉へ送られる。3月5日には政村から執権職を継承し、時宗は18歳で第8代執権となる。
◎サンフランシスコ地震(サンフランシスコじしん、San Francisco earthquake)は、1906年4月18日早朝にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ周辺を襲った、およそマグニチュード7.8[と見込まれる大地震。震源はサンフランシスコの近くを通るサンアンドレアス断層にある。地震及びその後の火災は、ハリケーン・ガルベストン及びハリケーン・カトリーナなどと並び、アメリカ合衆国の歴史の中で主要都市で起こった最も被害の大きい自然災害の1つとなった。
この地震はアメリカ西海岸の都市間競争にも影響を与え、ロサンゼルスがその中心的都市の地位を得るきっかけとなった。
◎山本 五十六(やまもと いそろく、1884年〈明治17年〉4月4日 - 1943年〈昭和18年〉4月18日)は、日本の海軍軍人。最終階級は元帥海軍大将。第26、27代連合艦隊司令長官。海軍兵学校32期生。前線視察の際、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。旧姓は高野。栄典は正三位大勲位功一級。
【一年前】
東京出張
◎ホテルの部屋でビデオ『終わった人』
舘ひろしの妄想がたまらない???
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開目抄
第七章 文底の真実を判ず 0189.01〜0189.07
現代語訳
附仏教・学仏法成等といわれる外道はこれである。外典もまたこの通りであって、漢土に仏法が伝来する以前の儒家・道家はゆうゆうとして嬰児のごとくはかないものであったが、後漢の世に仏法が伝来していったん出家した者が還俗して家にかへり、あるいは俗人に心を合わせて儒道の内に仏教の義を盗み入れたのである。止観の第五にいわく「今の世には多く悪魔の比丘があって、戒を退き家にかえり、あるいは処刑を畏れて、一度儒教から仏教に入りながらまた道士へ逆戻りし、また名誉や利益を求めて、荘老の道を誇談して談じ、仏法の義を盗んで外道の邪典につけ、高い仏法の義を低い外道につけ、尊い仏法を摧いて卑しき外道の教に入れ、概して外道・内道を平等ならしめている」云云、弘にいわく「比丘の身となって仏法を破滅する者がある。もしくは戒を退き家に還るというのは、衛の元嵩等のごとき者である。すなわちいったん出家したが、還俗して在家の身をもって仏法を破壊した。正しい仏教の教えを盗んで、外道の邪典に助け添えたのである。高きを押す等とは道教をひろめるいわゆる道士の心をもって道教を仏教の概要であるとなし邪正をして等しからしめたのは、まったくそのいわれないことである。かって仏法に入って正しい教を盗み外道の邪を助け、仏教の高きを押して道教の低きにつけ、もって、彼の道教の邪卑の教えを釈すること、尊きを摧いて卑しきに入れると名づくるのである」等云云。この妙楽釈を見よ。次上の心である。