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2020.4.15-2

2020年04月15日 (水) 00:21
2020.4.15-

【寸鉄】
青年部が感染対策でSN
Sを活用。同世代に接触
8割削減訴え。若さは力
     ◇
熊本地震4年。われらに
越せぬ試練の坂はない。
火の国の友が不屈の前進
     ◇
1日5〜10分の運動でも
死亡率低下―研究。“家で
もできる運動”等工夫し




◎明治維新によって江戸幕府が崩壊し、新たに明治政府が誕生したものの、通貨制度はいまだ江戸幕府のものを引き継いでおり、さらに維新時の混乱によって経済の混乱が起きていた。通貨制度も複雑なもので、東日本の金(計数貨幣)と西日本の銀(秤量貨幣)の統一すらなされておらず、さらに金銀比価の差によって幕末に大量の金が海外に流出していたこともあり(幕末の通貨問題)、近代的な通貨制度の確立は急務となっていた。

◎レオナルド・ダ・ヴィンチ ((伊: Leonardo da Vinci、イタリア語発音: [leo?nardo da ?vint?i] it-Leonardo di ser Piero da Vinci.ogg 発音[ヘルプ/ファイル])1452年4月15日 - 1519年5月2日(ユリウス暦))は、イタリアのルネサンス期を代表する芸術家。フルネームはレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ (Leonardo di ser Piero da Vinci) 。「ダ・ヴィンチ」とはヴィンチ村出身であることを意味しており、個人名の略称としては「レオナルド」を用いるのが適切である。音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に顕著な業績と手稿を残した。容貌にも優れ美男子であったという。

【二年前】
◎新・人間革命「誓願十六」(4/13)
「この一九八二年(昭和五十七年)は、創価学会が世界平和の実現のための運動に、これまでにも増して、さらに大きな一歩を踏み出していった年であった。」

創価大学を卒業し千葉で着物のセールス。
私、24歳から25歳になる年。
元旦、(もう一人の)妹と妹の彼氏と学会本部の勤行会に参加した後、妹と彼氏は北海道へ(その後別れたが)。
私は元旦の夜、新宿歌舞伎町で、薬師丸ひろ子のオールナイト「セーラー服と機関銃」を見ながら、
「俺は間違って創価大学を卒業してしまった………俺の人生はいったいどうなるのか」
と悶々。
「西武きもの商事」の閉鎖に伴い、リストラ第一号に選ばれ、2月15日敢えなく帰郷。
「希望と言う名の重い荷物を………」?
2月16日より大牟田玉姫殿で働き始め、10月11日親父55歳で脳動脈瘤破裂で急逝。
税理士の「ぜ」の字もまだ無かった時期です。
今から思えば「大きな一歩」でした。
??

◎民衆教育の父・ ペスタロッチ―
(聖教4/13p.2)
「隠者の夕暮・シュタンツだより」
一度読みましたが、全く意味がわかりませんでした。
ただ一文だけ、グサッときました。
「他人を救おうとして、自分自身をすら救い得ない」
?

◎永遠の都
第六章 ローマのローマ人
それは勝利の声──欺瞞に打ち勝った勝利、誘惑に打ち勝った勝利、嫉妬に打ち勝った勝利、なかでも自分に打ち勝った勝利の声だったのですわ。

終曲 ─遠い先の後日譚─
創始者はつねに殉教者だ。

「だれの彫像かね?」
「おや、ご存じないんですかい、旦那。デイビッド・ロッシィの像でさあ。この建物に住んでいたひとですぜ。像は地下室で発見されたんでさあ」
老紳士は立ちあがって静かに立ち去ってゆく。だれも視線をやる者はいない。若い学生たちの楽しそうな笑い声だけが、街に出た老紳士のあとを追いかけてゆく。コロンナ広場に押しかけようとする大きな人波に、老紳士はあやうく押しつぶされそうになった。 おわり

【三年前】
◎折伏地区2!
地区で女子部と壮年部の折伏が決まりました!
女子部は10時間の題目を挙げ、テコでも動かなかった壮年部は、美人の支部婦人部長さんの押しで決まりました。
やはり女性の力は偉大です!?

目標の地区3まであと1つ。
夕方帰宅したら、女子部が九州女子部総会に向けて唱題会をしていました。
妻「女子部が来ると嬉かごたるね」
私「そりゃそうよ♪」?

三池圏の女子部は粒揃いで、いつでも婦人部になってもいい娘ばかりです。
うちの娘を除き……!?



◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

開目抄 

第七章 文底の真実を判ず 0189.01〜0189.07

今謂く諸説皆是れ人情なり、何ぞ聖旨に関せん、問う正義如何、答う此れは是れ当流一大事の秘要なり然りといえども今一言を以て之を示さん、謂く御相伝に云く「本因妙の文なり云云」若し文上を論ぜば只住上に在り、ゆえに寿命末尽と云うなり、若し住上に非ざれば曷んぞ常寿を得んや、ゆえに此の文を釈して「初住に登る時已に常寿を得たり云云」当に知るべし後後の位に登る所以は並びに前前の所修に由る。ゆえに知んぬ「我本行菩薩道」の文底に久遠名字の妙法を秘沈し給うなり、連祖の本因妙抄云云、興師の文底大事抄云云、秘すべし秘す可し云云。
 以上のごとく、日寛上人の御文に明白な御教示があるにもかかわらず、日蓮宗の他門流においては、容易にその真実を把握することができず、非に非を重ね邪に邪を増している。すなわち迹門始成を簡びて本門寿量をあらわすことまでは説いている者が多いけれども「文底秘沈」については、まったく見当がつかないでいる。文上を固守するゆえに、本仏を釈尊と立てて、天台の域を脱することができないのである。
 文底の実義、すなわち種脱相対の上において、日蓮大聖人を下種の本仏と拝すべきは前述のとおりであり、これこそ宗祖大聖人の深秘の御本尊であらせられ、しかも正しくこれを御相伝になって、末法の一切衆生を教導せらるは、まったく創価教学のみである。


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