Contents
RSS 2.0

ブログ blog page

2018.3.8

2018年03月08日 (木) 02:40
2018.3.8

◎朝
私「あ、そうか、今日は昼はおらんとたい…
さみしかね」
妻「そうたい(笑)さみしかね??」


◎支部活動者会19:30猿渡宅H副県長
昔は敵と味方。
学会員か学会員でないか。
今は違う。
すごい時代が来ましたよ。
心は学会員。
心と行動は学会員。
先生、かつて――
私は仏性は信じない。
友情・人格の中に仏性を信じる。
先生の名誉称号・名誉市民。
全部外部ですよ。
折伏をやらないと自分の欠点がわからない。
そのために折伏をやる。
宗門と別れてから世界に広がった。
なぜか?宗門が止めていたから。
ローマ法王ですよ。
だから胸を張って
「信心しないともったいないよ」


◎会合終了後
私「あれ?」
妻「な〜ん、外で食べて来ると言よったやんね、何もしとらんよ」
?→焼鳥屋へ

マスター
「女は持ち上げておくに限る」
私「お、今日のマスターの名言?」
?


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

八宗違目抄 p.156
文永九年二月  五十一歳御作 与富木常忍
第六章 真言宗が主張する一念三千

【本文】
答えて云く大日経の義釈善無畏.金剛智.不空.一行にに云く此の文に五本有り十巻の本は伝教弘法之を見ず智証之を渡す「此の経は是れ法王の秘宝なり妄りに卑賎の人に示さざれ釈迦出世して四十余年に舎利弗の慇懃なる三請に因りて方に為に 略して妙法蓮華の義を説きたまいしが如し、 

【通解】
答えて言う。大日経の義釈は善無畏が釈して金剛智・不空が聴聞し、唐の一行が記したもので、この書に五本あるが、その中で十巻本は伝教も弘法も見なかったが、智証か日本へ渡したものであるが、この書に「大日経は、これ法王・大日如来の秘宝であって、妄りに卑賎の人には示してはならない。それは、ちょうど釈尊が出世して四十余年を経て、舎利弗が懇ろに、三たび請うたことによって、舎利弗のために略して妙法蓮華の義を説かれたようなものである。

【解説】
また、このように法華の最深秘の処が大日如来の本地身であるから、釈尊は、仏の跡を継ぐべき『補処』の弥勒菩薩の三請を待って、初めて久遠の本寿を説いたのである」

文中の「此の本地の身」とは、真言宗では大日如来の本地身でるとし、加持身に対して自性身として用い、それがまた妙法華経でもあるとしている。

「瑜伽」とは、仏の身口意の行者の身口意が合致することをいう。

大聖人は、この大日経義釈の文について、善無畏抄で「此の釈の心は大日経に本迹二門・開三顕一・開近顕遠の法門有り、法華経の本迹二門の如し、此の法門は法華経に同じけれども此の大日経に印と真言と相加わりて三密相応せり、法華経は但意密許りにて身口の二密闕けたれば法華経をば略説と云い大日経をば広説と申す可きなりと書かれたり,此の法門第一の悞・謗法の根本なり、此の文に二つの悞り有り」(1233−15)と述べられている。


トラックバック

トラックバックURI:

コメント

名前: 

ホームページ:

コメント:

画像認証: