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そんなバカなことが

2016年03月30日 (水) 20:17
そんなバカなことが

◎すべてを駆ける
蜂須賀彦左衛門は、馬は自慢の乗り手であったが、びっこの黒田官兵衛は、馬がすべるといかにも危げに体が揺れる。心の中では同情しているくせに、見ると笑う年ごろの小姓たちだった。

「それは右府さまがことだな」
「さよう、そして右府さまと交渉してから譲った方が、憎い筑前の顔をつぶしてやれるというわけで‥……」
官兵衛はそう言うと行く手に立った入道雲を見やって意地わるそうにニタリとした。

「口に毒を持った男だ」

「しかし‥……」
と、官兵衛も譲らなかった。
「右府さまのおいでになさる前に、戦を終わらせておいた方が、お手柄でござりましょうが」
「というと、ここで安国寺に、一歩譲れというのか官兵衛は」
「譲れとは申しませぬ。が、つねに相手に希望を持たせて交渉をつづけてゆく‥……これが駆け引きのコツだと申し上げているので」
「ワッハッハッハ、これはよい。まさにそのとおりだ。さすがに黒田官兵衛は知恵者だわい。まさにそのとおり‥……」

「官兵衛どのは、ひどく安国寺を買ってござるが、恵瓊と申す坊主、たしかに小早川や吉川に献策できるほど信用を得ているのかな」
「はい。殿が、この官兵衛をお信じ下さるほどには」
「フーム。すると大したものだ。わしは一にも二にもおぬしだからの」

「‥……しかもこの傑物、一にも二にも、殿を褒めてござりまするぞ」
「なに、わしを褒めていると‥……油断のならぬ坊主だ。やたらに人を褒める奴は腹黒いぞ」
「はい。その点まことに殿によく似ております」
「ワッハッハッハ、そうか。そうときけば」

密書は‥……信長を本能寺に、信忠を二条城に、それぞれ討ち取ったゆえお知らせするという意味らしかった。
(光秀が信長父子を討ち取る‥……)

「いまのニセ者、名ある武士だ。勝ち戦ゆえ斬れと言え」

「はッ」
佐吉が駆け出してゆくと、秀吉はまた、
「そんなバカな‥……」

「そんなバカなことが‥……」

(しかしそのような感情の衝突ぐらいで、謀叛を企てたりするほどバカな光秀ではない)

官兵衛
「それについて安国寺がこんなことを述懐していました。ここでは秀吉に、勝つ手段が一つあるがと」
「なに、わしに勝つ手が毛利方にか」
「いかにも」
「ほう、これは聞きずてならぬ。どのような手じゃ」
「惟任日向守をけしかけて謀叛させることだと申しました」
「なに光秀に‥……」

「差し出し人は、長谷川宗仁どのと申すことで」
宗仁は信長が自決の寸前、女房たちと共に落としてやった数少ない当夜の生き残りの茶道衆であった。

「やはりそれが光秀であったとはなあ。安国寺の予想がわるく当たりくさったわ」

「あっ!?」
「これは‥……これは一大事じゃ!」

(信長が殺された‥……)

(そんなバカなことが)

「しかし、この覚悟、わしがしたとは言わぬがよい。みながわしにすすめたゆえ、わしは止むなく起ったのだと、世間に触れてくれ。この事が味方のうちより敵を出さぬための第一策だ」
一瞬黒田官兵衛がニヤリと笑ったようだった。

「よいかな、城将清水宗治を罰することで講話したら、即刻囲みをといていったん姫路へ引きあげる。姫路で兵を整えて、それからはこの秀吉が第三策‥……これが成功すれば、右府さまは喜んで‥……」
天下をわしに下さる‥……と言おうとして、あわてて秀吉は胸のあたりへ眼を伏せて合掌した。


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