秀吉「京極曲輪に進み、本丸よりもまず隠居の立てこもる山王丸の死命を制すが先でならぬと心得まする」
信長「それでも、まだ長政がきかなんだら、下から植へ焼きあげよ! 一人も残らず焼きつくせ」
「降参つかまつる。降参つかまつる。秀吉どのの本陣へわれらをお引き立て下され。降参つかまりまする」
むろんそれで息をつける戦ではなかった。ひしひしと小谷山をとり巻いた織田方諸将の環境の中で、秀吉はお市の方を救い出してみせなければならないのである。
久政はちらりと頬に微笑をうかべて、
「わしの一生は尊かったよ、信ずるもの以外には節を曲げずに生きとおせた」
久松「許してくれよ。事によると、信長の天下制覇の夢も業火、それにあらがって朝井家を滅亡に導く久松の意地もそれ以上の業火であるやも知れぬ」
福寿庵は武装の代わりに今日は袈裟をかけていた。
人間はどこまでも我執の迷いの脱しきれない動物なのかも知れない。
◎運命の使者
「ーーわれら父子は、すでにここを死所と決めているゆえ、そのしんしゃくはご無用に願いたい。われらも根かぎり戦うゆえ、遠慮なく攻められたい」
「あ、お父上さまが……」
七歳の茶々姫だった。
「どれどこに……?」
こんどは……六歳の高姫だった。
「あ、ほんとうにお父上さまが、渡っておいでになる」
……
「お高はなかんだかの」
「はい。いい子でよく遊びました」
「お父上さま、いつ討ち死になさるの?」
「茶々は討ち死にがいやなの、茶々はお祖父さまが大きらい!」
長政は、それを聞くと、いきなりスーっと立ち上がった。
「会おう。斬り捨ててよいのだな」
「みな、よい子でのう」
(ここで生き残ったとして、この先に何があろう……)
(またどこかへ嫁がされて、おなじ苦しみを重ねゆくだけのこと……)
「姫は、お父さまや、お母さまが亡くなっても一人で生きているのがよいのか?」
(果たして、この手であの子の胸が刺せるであろうかの……?)
「いやでございます! せっかく心を決めて、この小谷山の土になろうと……いやでございます! 今さら生き恥じをさらしに……この市は信長の妹ではござりません。浅井備前が妻でござりまする」
(姫たちはこれで助かる)
人間は死のうと思いつめている時よりも生きなければならない時の方がはるかに臆病になるらしかった。
駕が三挺用意された。
最初の一挺にはお市の方、次には茶々姫と高姫が乗った。最後の一挺には達姫を抱いた乳母が……