東京富士美術館でダ・ヴィンチ展を鑑賞、創価大学で一番好きな文学の池、日中友好の原点・周桜。ラーニング棟に来たら「池田大作とトインビー展」があってました。ラーニング棟は自分達がいた時の唯一残っている建物で、これも取り壊されるのもあと何年の寿命かなと思うと少し淋しくなります。
見栄を張って10万円の絵画を買おうかと思いましたが、身分相応に1,800円の絵画にしました。
母校創価大学に来て鋭気を養い、折伏の決意♪
>先生ご自身の今に至る数々の赤裸々な体験を通して信心の凄さ、自身の使命を自覚し祈り抜けば願いが必ず叶うと、この信心の素晴らしさを話され…生涯の無二の友人が1日も早くこの信心をされこれからの人生で絶対的幸福をつかまれるように毎日しっかり祈っています。と…
>一家和楽、幸福をつかむ、難を乗り越える、健康長寿、絶対勝利の信心の5指針を示し…自身の使命に目覚めこの信心の実証を通して人の為、社会の為になるように日々頑張っていますと…一緒に幸せになろうよ…?? 必ず自身の使命に目覚め宿命転換できるから…やろうよ?? 信心すれば必ず願いが叶うと??
>この娑婆世界は「堪忍」の世界とされる。耐え忍ばねばならない、さまざまなことが、つねにある。そのなかで、どんな悲しみも、どんな苦しみも、どんな宿命も、全部、悠々と乗り越えて、最も幸福な境涯を得ていけるのが、日蓮大聖人の「仏法」であり、創価学会の「信心 」である。…
>自分や家族の病気、また死、経済苦、人間関係の悩み、欲しいものが得られないつらさ、その他、生きているかぎり、ありとあらゆる戦いがあり、苦しみがある。これは避けようがない。どうしようもない人生の現実である。
>「信心 」とは、「 唱題」とは、それらをことごとく変毒為薬する力である。苦しみの毒が、幸せという薬にかわる。
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>煩悩即菩提で、悩みが悟りに変わり、幸福に変わる。悩み、悲しみかわ大きければ大きいほど、より大きな幸福に変えていける。これが題目の力である。ゆえに妙法を唱える人は何ものも恐れない。恐れる必要がない。木も、小さいうちは、少しの風にも揺れる。大木なれば、どんな嵐にも揺るがない。人間も生命力が弱ければ、少しの悩みの風にも紛動されてしまう。
>娑婆世界である以上、風を止めることはできない。自分が強くなる以外にない。自分が大木になれば、どんな大風も平気である。むしろ楽しんでいける。そういう人生、生命へと、人間革命していくための信心なのである。
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>梵天・帝釈・日天・月天
>よ我が生命と友人の生命に入り給え…??
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>お早うございます。友思う一念は必ず通じていきますね!副支部長、奥さんの
>日頃からの信心ですね!
>【創価の折伏というのは、その人をダメだと批判しているのではありません。また、人を攻撃して折り伏せるというのでもありません。仏法の原理から、正を正、邪を邪と言い切ることはあっても、相手を思う心から行う行為なのであります。摂受は悪に対して行い、折伏は邪に対して行いますから、今の日本は、釈迦の出世の本懐である法華経を否定し、敵対する邪宗教がはびこり、尊迎されているために、それを厳しく折伏していかなければならないのです。しかして、それは「人」にではなく「法」に帰伏せしめることが根本となります。折伏するのは、すべての人間が尊厳なる妙法の当体だと信じるからであり、邪見、悪見、偏見のために覆い隠されていた、清浄で輝くような、妙法蓮華経の生命をあらわすためなのです。折伏によって、相手の仏種は?発されて、やがては信心するようになってゆきます。人間としての共通の悩みに、一緒に苦しみ、語り合うなかで、元凶となっている原因を明らかにし、取り除いていくという行為が?折伏?であり、それによって、生命の本源的めざめを起こし、自他ともに、幸福となってゆく大道を開いてゆくことができるのです。創価の折伏の本質は、慈悲にあり、慈悲がなければ、折伏とは言えません。】□池田名誉会長指導□
>『心こそ大切なれ』1192ペ-ジ池田先生はこの「心」とは、日連大聖人のご遺命である広宣流布に向かいゆく「信心」であるとも仰っています。広宣流布に生き抜く心こそ信心の原点といえます。
>折伏よろしくお願いします。уояоsiкц∃ □ =ノ 勹_〆(・・ )d=(´▽`)=b