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黒田官兵衛と大宰府

2014年07月22日 (火) 15:00
黒田官兵衛と大宰府

黒田官兵衛(如水)と太宰府

味酒安則/太宰府天満宮 禰宜(ねぎ)

本命は「うまさけ」
醸造…かもす←かむ
菅原道真公
切腹は朱子学から徳川家光が導入
平安時代、
島流し
死んでも刑は終わらない
塩漬けにして京に送る

中国式の廟(お墓)…これが太宰府
神殿の真下に道真公のお墓

お寺から神社に変わった
もともとは「安楽寺」

道真公亡くなって1112年

官兵衛の時代
天神信仰…連歌
禅宗のお坊さん
平清盛
新しい仏教を持ってくる
禅…自力本願
永平寺…雲水
勉強する
中国の象徴「りんがせい」

連歌は難しい→茶道(禅宗の坊さん)

お茶を日本で最初に書いたのは菅原道真

栄西・陽西…鎌倉時代 お茶の苗木 
→八女茶、嬉野茶
かじる、かぐ…喫する

連歌とお茶の両方の神様…菅原道真

ずいずいずっころばし
お茶坪道中

如水…文化人…血を嫌い
→戦わずして勝つ

軍師…本来は占い師
戦国時代に本当の軍師
兵書に則った戦法
公証人

中津城
西の玄関
官兵衛は賭けに出る
金銀で6千の農兵
細川家を助ける
石垣原の戦い
小倉、久留米、柳川
あと薩摩さえ落とせば
徳川家光から停止命令
関ヶ原…6時間で終わった
家康「長政のお陰で勝った」

慶長5年12月11日
如水、筑前博多入国
近衛信伊(のぶただ)から手紙
「あなたの近くに太宰府があるではないですか」
如水、太宰府へ移住

黒田家は全部養子

「夢想連歌」
あげくのはて
→俳句
夢の中で

「福岡」の地名
如水が詠んだ
如水が夢の中で
「福岡」の命名は天神様

征夷大将軍

◎官兵衛の辞世
おもいおく 
言の葉なくて
ついに行く
道はまよわじ
成るにまかせて

実は不遇の人生

いつも迷っていた
迷って決断したことはすべて成功した


◎遺訓
1)分相応に蓄財せよ

赤のひとえに
庭の梅みれば位がわかる

庭にはミカンを植えなさい

2)学問は自分や組織の有事に備えて励むべし
自分の危機管理

3)勝ちに不思議あれど、負けに不思議なし
たまたま負けるはない

部下から信頼を得なさい

威張ってはいけない

黒田一斉…土牢時の恩

播州 悪口祭り → 筑前
腹立てずの会→博多にわか

太宰府天満宮の中興の祖

末梅や末なかかれとみちりたつ
山よりつつく さとは ふく岡


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