四〇 石秀と楊雄、藩巧雲を殺す
戴宗と楊林は薪売りの男の「強きをくじき弱きを助ける」好漢ぶりに感心し、なおもげんこをふりまわしている男をなだめて、横町の飲屋につれこんだ。男はふたりに向って頭をさげた。
「ご親切まことにありがたく存じます」
「もしもげんこがはずみすぎて、万が一にも死人が出たりした日には、貴殿としてもただではすむまいと思いましたもんですからね。お近づきのしるしに、どうです一杯」
「もったいない」
「『四海の内、みな兄弟なり』というではござらぬか。さあ、どうぞ」
「あんたほどの豪傑が、おしいものだな」
女中(じょちゅう)は何もかも白状した、そこで楊雄は女を引きすえて、
「さあ、こんどはお前の番だ、ありていに白状したら、命だけはゆるしてやらんでもない」
「三郎さん、とめて!」
「うぬ、よくもおれをだましやがったな、このばいため! うぬのはらわたはどうなってるか、見てやろう」
「悪いやつらにせよ、おれたちはとにかく人を殺したんだ。さて、これからどこへ逃げたものだろう?」
「おれにはちゃんとあてがある。あにきもいっしょに行こうぜ」
「どこに?」
「梁山泊よ」
「しかし、知人があるわけじゃないし、とてもおれたちをうけ入れちゃくれまいよ」
とつぜん松の木のかげから、
「やい、今の話はすっかり聞いたぞ。太平無事の世界に、人を殺した上、梁山泊にのぼるとは!」
四一 時遷(じせん)、祝家莊(しゅくかそう)で旅籠屋(はたごや)のにわとりぬすむ
「さっき裏へ用をたしに行ったらね、籠の中にこいつがはいっていたもんだから、酒のさかなにと、そっとぬすみだし、谷川でしめて、いま煮て来やしたんで」
「このやろう、あいかわらず手くせがわるいぞ」
「本職だからな、何しろ」
三人は笑った。そしてにわとりを手でむしりながら、飯を食った。
「お客さん、あんたたちはひどいぞ。どうしてうちのにわとりを殺して食ったんだ」
「兄弟、あいつらは加勢をたのみに行ったらしい、おれたちいそいで飯を食って逃げよう」
「ものども、このふたりきれ」
晁蓋(ちょうがい)
「われら梁山泊の好漢は、王倫を成敗して以来、忠義を旨とし、人民になさけをかけることを念願として来た。われらはみな山寨(さんさい)の名誉をまもり、それぞれ好漢たるにふさわしくふるまって来た。しかるにこのふたりは、梁山泊好漢の名の下に、にわとりをぬすんで食って、われらの顔にどろをぬった。…」
宋江はいさめた。
「その時遷という男はもともとそんなやつでしょうが、このご両人はけっして山寨の恥をさらしたわけではありません。それに祝家莊のやつらが、わが山寨を敵視していることはかねてから聞きおよんでおります。…あの祝家莊を攻め落とせば、三年や五年分の糧食が手にはいるわけです」
四ニ 一丈青滬三娘(いちじょうせいこさんじょう)、王矮虎をいけどりにする
李逵「なんのきれしきの村、おれがニ、三百の兵でのりこんで、みな殺しにしてみせらあ」
宋江「つまらぬことをいうな」
「まわし者をつかまえたぞ!」
宋江「さてはふたりはつかまったのか、もはやぐずぐずできない。今夜兵を進めて、ふたりの兄弟を救い出そう」
李逵「おれがまっさきに切りこんでやる」
楊雄(ようゆう)「計略だ、よせ」
李逵はしんぼうできず、
「やい、祝太公(しゅくたいこう)のバカやろう、出てこんか、黒旋風ここにあり」
やがて宋江、中軍をひきいて到着し、このありさまを見ると、ハッと、かつて九天玄女(きゅうてんげんじょ)からさずかった天書に「敵にのぞんで急暴なることなかれ」とあったのを思いだし、「しまった、深入りして敵の計略にかかった。はやく軍を返そう」
「扈家莊(こかそう)にすごく強い女がいるという話であったが、あれがそうだな。だれかあれと勝負をするものはないか?」
宋江がそういう声の下から、相手を女ときいてまっさきにとびだしたのが名うての女好きの王矮虎(おうわいこ)。
やおら白い腕をのばして王矮虎をつかまえ、…おりかさなって引きずって行った。
呉学究はわらって、
「ご安心あれ、祝家莊の運命も、もはや旦夕(たんせき)にせまっております。今や機会到来、五日以内に万事はうまく行くでしょう。じつはかくかくしかじかで……」
宋江はこれを聞いて、思わずにっこりと顔をほころばせた。さて呉用は何を語ったであろうか?